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いつしかバイトのラストが二人だけの日には、表の看板をひっくり返して鍵をかけた後、栗原さんが入れてくれる温かいものをカウンターに二人並んで飲むのが決まりごとになった。
彼はカフェオレ、あたしはココア。
あの日はココアだと思ってカフェオレを飲んだから、苦く感じたカフェオレを苦手だと感じたのかと思っていたけれど、どうやらあたしはカフェオレ自体が苦手らしい。
もともとコーヒーが苦手で、コーヒーの類は飲まず嫌いだっけのだれど、バイトを始めた日に栗原さんがもう一度入れてくれたカフェオレを飲んでみて、やっぱり好きじゃないと思った。
「コーヒー嫌いなくせに、よくカフェで働こうと思ったな」
顔をしかめながらカフェオレを味わうあたしを見て、栗原さんは困った様に肩を竦めた。
栗原さんはいつもあたしのココアを先に入れ、その後で自分のカフェオレを作った。あたしはいつだってそれをそばで見つめる係だった。
たまにはあたしがと言ったこともあるけれど、俺が入れた方が上手いと一蹴された。だけどその通りで、栗原さんの入れてくれるココアはどこで誰が入れたものよりも美味しく感じた。
「ココアなんて、おこちゃまだな」
どうぞ代わりの決まり文句になった嫌味とは裏腹に、その声は栗原さんが入れるココアの温かさと同じで、とても優しかった。
栗原さんは何も言わなかったけれど、必ず先にあたしの飲み物を入れてくれるのは、もしかしたらあたしが猫舌だと言ったことを覚えてくれていたのかもしれない。失恋の日、迷惑なただの客との間にほんの一瞬出てきた情報なのに。
そういうところ、ずるいなあと思う。
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