Bitter

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 とりあえず涙も心も落ち着いてから、何食わぬ顔で帰ろう。あたかも初めから待ち合わせじゃなくて、一人でここに立ち寄ったかのように。  溢れ出たものを補うようにグラスに注がれていた水で喉を潤し、気づけば秋仕様になった窓辺の雑貨に目をやる。    木の温かみを感じられる内装が素敵なこのカフェは、あたしのお気に入りの場所だった。雑貨の一つ一つもあたしの好みど真ん中。それなのに失恋直後ともなると、これまではそれがいいと思っていたこの静けさも重苦しくて、ただただ可愛い雑貨も憎くなってくる。  拭っても拭っても溢れる涙はもはや垂れ流しにしたまま、頬杖をついて宙を睨みつけていると突然、カチャリ、と、陶器がぶつかるような音がした。再びドキリとして振り返ると、カウンターの向こうにいつの間にか一人の店員さんが立っていた。  作業をしているのか伏し目がちだった店員さんがふと視線を上げた。確実に目が合った。つまりはこの不細工な泣き顔をばっちり見られてしまった。最悪だ。  なんであたしも店員さんなんて見つめてしまったのだろう。突然の音に反射的に振り返ってしまったとしても、すぐに目を逸らせばよかったのに。  店員さんがかっこいい男の人だったから? いやいや、ない。あたしはああいう人は苦手だ。肩くらいまで伸びた髪を一つに束ねたところなんか、黒髪といえど軽そうだし、絶対女をとっかえひっかえして遊んでいるタイプだ。  きっと女を泣かせることはあっても、あの人自身が失恋なんてしたことは一度もないんだろう。今だって相手がお客だからポーカーフェイスのままだったけれど、内心は不細工な女が泣いているなあなんて嘲笑っているに違いない。  むかつく。
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