Bitter

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「そうみたいだね。奥と行き来してたけど、静かだったから聞こえてたよ」  会話を始めたつもりはなかったけれど、しっかりと返事があった。呟いたのは自分なのに、いざ聞こえてしまうと恥ずかしさに顔が熱くなる。ちらりと店員さんを盗み見ると、カウンターに頬杖をついてあたしをばっちり見つめながらふっと微笑んでいた。  薄い唇が、綺麗で緩やかな弧を描く。あたしともあいつとも違う、余裕のある大人の雰囲気。店員さんを見ていると、たった一度の失恋でこんなにも傷ついている自分が、ひどく子どもで惨めに思える。 「でも、すごく好きだったもん」  目を伏せると、想いが声になって零れた。誰かと話す声よりはずっと小さいけれど、さっきよりははっきりとした音だった。だから聞こえていないわけはないのに、店員さんは何も言わなかった。  本当に聞こえていなかったのか、それともあえて何も言わないでいてくれたのか。あたしももう店員さんを見ることはしなかったからわからない。  人生で初めてできた彼氏とは大学で出会い、初めてのデートで何気なく立ち寄ったのがこのカフェだった。  付き合いは一年を超えていた。会いたいと言われる回数が減ったのも、電話や文字でのやり取りの頻度が減ったのも、あいつが忙しいと言うならそうなのだと、付き合いが長くなればこんなものだと思ってきた。  終わりが近づいているんじゃないかと不安がよぎる度、やり取りが減っても変わらない関係でいられるという信頼やゆるぎない愛情が産まれた結果だと自分に言い聞かせてきた。
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