Bitter

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 感情の流れに逆らわず泣き続けていたら、なんとなく冷静になってきた。つまり、だんだんと周囲が見えるようになった。  まだあたし以外のお客はいない。この空間にいるのは、あたしと、あの店員さんだけ。泣いていたあたしにココアまで出してここにいることを許してくれた店員さんは、本音ではあたしをどう思っているのだろうか。  やっぱり、迷惑な客でしかない?  もうここには来ないかもしれない。だけど一番のお気に入りのカフェだし、失恋から立ち直ったらここにまた来たいと思うようになるかもしれない。  それなのに、あたしがこのままはた迷惑で惨めな女だと店員さんに記憶されるのはすごく困る。陰で変なあだ名なんてつけられて、来る度にひそひそと店員さん同士で耳打ちされるとか、絶対に嫌だ。  大変だ。店員さんがあたしのことなんてすぐに忘れてしまうくらい、今すぐにあたしの印象を薄くしなければ。  どうしたらいいだろう。ちょっととぼけて面白いことでも言ってみようか。あたしはもう軽い冗談も言えるくらい平気ですからって。そうすれば、あれ、そんな傷ついてないじゃんって、さっきの惨めな姿も忘れてくれるかもしれない。うん、きっとそうだ。それでいこう。  改めて目元を拭い、そのまま両手で頬を叩くと同時に気合を入れる。今この瞬間だけは、あたしは演技派女優になるのだ。  勢いよく立ちあがり、店員さんの目の前の位置にあるカウンター席に座る。突然のあたしの行動に、店員さんは驚いたように目を丸くした。 「お金もないし、愛もないし。あーあ、あたしはこれからどうやって生きていけばいいと思います?」  ポイントは大げさに溜息をついて、ドラマのように台詞に抑揚をつけること。  何言ってるのって笑ってくれると思った。そしたらあたしも笑って、さっきはすみませんでしたって。もう大丈夫、また来ますね、なんて言って自然に帰れそうだったのに。 「だったらここでバイトする? 愛は無理かもしれないけど、お金なら手に入るよ」
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