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それはわざとか無意識か。店員さんはあたしの思惑も努力も一切無視で、あたしの後ろを指さした。辿った先には、バイト募集の張り紙。
まさかの展開にキョトンとしていると、店員さんが右手でパチンと自分のおでこを叩いた。
「あー、でも無理か。可愛い女の子大募集って書いてあるし」
そう言った店員さんはアハハと大きく口をあけて笑った。綺麗な顔をしていながらこんなにも豪快に笑う人がいるとは。
いや、ちょっと待て、そこじゃない。それどういう意味ですか。ねえ、それ、どういう意味ですか。失礼にも程がある。あたしが文句の一つでも言ってやろうと息を吸い込んだ瞬間。
「ていうか冷めるよ、それ」
絶妙なタイミングで、今度は顎と視線を使ってさっきあたしが座っていた席を示す。なんなのだ、この人は。さっきからあたしのペースをかき乱すことばかりして。
「お気遣いどうもです。猫舌なのでわざと冷ましておりました!」
嫌味たっぷりの口調で言い放ってから大股で席まで戻り、栄養ドリンクでも飲むみたいに立ったままぐいっとカップを傾けた。大好きな甘い味が体中に行きわたれば、この沸き上がるような苛立ちもきっと落ち着く。はずだったのに。
「苦っ!」
そのココアは、とてつもなく苦かった。
「は、どこが」
「これめっちゃ苦いです。ココアじゃないんですか」
「カフェオレだよ。ココアよりは苦いかもしれないけど、俺に言わせれば十分甘い」
「嘘だ。カフェオレにしても苦すぎました」
「それはココアだと思って飲んだから苦かったの。コーヒーだと思って飲んだら超甘いって」
もう一回飲んでみろよ。再び頬杖をついてにやつく店員さんの表情がそう言っていた。
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