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俺は言葉に詰まってしまい、2人の間に沈黙が漂う。
落ち着きなく足元の砂利を踏んでいたが、ふいに風が吹いて寒さに身を震わせた。頭を上げた先には、骨のような細い枝を剥き出しにした桜の木がある。
その姿を眺めていたら、自然と口が開いていた。
「俺はそんなに冬の桜も嫌いじゃないんだ」
突然のセリフに、日下部さんはきょとんとしてこちらを向いた。
「通学路だからほぼ毎日、公園の前を通るんだ。そんなに気に留めてるわけじゃないんだけど、3月頃になるとね、何となく桜の木に目を向けるようになるんだ」
公園の前を通る時、視線の先に桜の木がある。色のない枝にポツリポツリと芽が出ていないかと、何の気なしに眺めて、あぁまだかとそのまま通り過ぎた。
そして、少し寒さが和らいだかなという時期に、ようやく芽がつき始める。
天へ伸びる枝に色彩が生まれているのを見つけると、何だか良いことがあったような気分になった。
「そんな風にね、まだかなって待っているのも、嫌いじゃないんだ。花が咲くと、そりゃキレイだけど、物足りない気持ちがある。花が咲くのを待てる冬が好きなんだ。枯れ木だって悪いもんじゃないよ。俺は冬も春も、どっちも良いと思う」
部活での日下部さんを脳裏に浮かべながら、昼と夜だってどっちも良いと思うよと続ける。
「日下部さんも、無理に明るく振る舞う必要はないんじゃないかな。今こうして色々と話してくれるのも楽しいよ。でも、美術室で真剣に絵を描いている日下部さんも良いと思う。どっちか片方だけって決めつけることないよ。その中間があってもいいんじゃないかな」
日下部さんは黙って俺が語るのを聞いていた。俯きかげんなせいで、表情は帽子の下に隠れてしまっている。
俺は急かすでもなく、ただ彼女が話し出すのを待っていた。
吐息を漏らすと日下部さんは帽子のつばをくいっと上げる。
現れた彼女の顔は微笑んでいた。
「昼と夜の間?」
「そう。昼と夜の間」
俺も笑って答えた。
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