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所々が絵具で汚れた机で頬杖をつき、うたた寝をしていると、「日下部さん」という女生徒の声で意識が浮上した。
呼びかけられたのは俺ではない。同じ美術部員の女子である。
数合わせの俺とは違い、日下部さんはキャンバスを出してきちんと活動していた。
俺から少し離れた机で絵を描いていた彼女は、話しかけてきた女生徒に向き直る。振り返った拍子に、一括りにしている黒髪が肩からパサリと落ちた。
日下部さんは怪訝そうな表情で相手を見返す。女生徒3人のうち1人が声をかけた主で、どこか緊張しているような面持ちだ。
脇にいる2人は用件を知らないのか、互いに顔を見合わせている。
俺はその様子を寝ぼけた頭で見るともなしに眺めていた。
「あの、昨日、奏太くんを見かけたんだけど」
しばらく視線を彷徨わせていた女生徒は、意を決したように日下部さんに切り出した。
驚いたのは俺だけではない。一緒にいた女生徒の友人も、彼女の言葉に目を見開いている。
日下部さんだけは平静なままだった。
「知らない」
無愛想に答えると、筆洗い用のバケツの水を変えに、美術室から出て行ってしまった。
黙って日下部さんを見送る女生徒に、友人2人が詰め寄る。
「ちょっと、何であんなこと言ったのよ」
「だって」
責められた女生徒は反論しようとするも、もう1人に遮られる。
「だってじゃないわよ。いくらなんでもあんまりよ」
「だってほんとに見たんだもん!」
「そんなわけないでしょ!」
ーーだって奏太くん死んじゃったじゃない
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