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俺は放課後の美術室で絵を描くどころかスケッチブックすら広げずに、昨夜会った人物についてつらつらと考えていた。
今日に限った話ではなく、常にこんな感じなので注意する部員はいない。来るだけ幽霊部員よりましだと判断されているのかもしれない。
思考がまとまらず午後の日差しに睡魔が襲ってきた時、自分を呼ぶ声が耳に届いた。
美術室の入口で奏太を見たと言っていた女生徒が立っている。彼女が俺を呼んだらしい。
「なに?」
「日下部さんいる?」
出向くとそう訊ねられたので、振り返って室内を見回す。スケッチブックにデッサンをしている者、キャンバスに油絵を描いている者、雑談にふけっている者などちらほら部員はいるが、肝心の日下部さんの姿はない。
「まだ来てないみたいだけど」
俺が言い終わると、廊下の曲がり角から日下部さんが現れた。
女生徒も気付いて彼女に近寄る。
「日下部さん、この間はごめん! 日下部さんの気持ちも考えないで、変なこと言っちゃって……」
両手を合わせて上目使いに伺い見る。
日下部さんの方は特に感じ入った風もなく、そう、とだけ応えた。
「謝らないで。気にしてないから」
素っ気なく言うと、さっさと美術室に入っていった。引き止める隙もなかったので、女生徒は廊下に取り残されてしまう。
彼女は呆気にとられた様子だったが、我に返るとぶすっとした。
「なによ、あれ」
女生徒はむくれるとブツブツ不満をこぼした。
矛先が自分に向けられないうちにと、一言声をかけて中に戻る。
日下部さんは手提げから画材を取り出して、さっそく絵を描き始めていた。
俺は元いた場所に座ると、視界の端で黙々と手を動かしている彼女を見る。
そして、再び昨日の人物について考え込んだ。
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