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時計の針が真上を指すと、俺は家を抜け出した。目的地は公園である。
どうにもあの人物が気になってしまうのだ。眠ろうとするも頭は冴える一方で、いっそのこと行ってみようと思い立ったのである。
家族を起こさないように忍足で家を出た。途端に冬の冷たい空気が襲ってきたので、慌てて上着を掻き合わせる。それでも入り込んできた冷気に、俺はぶるっと震えた。
ツンと澄んだ空には星が瞬いているが、到底夜道を照らせる程ではない。墨を流したような闇の中、所々を電灯の光が黒色を拭い取っている。
足早に歩いていると、前方にサラリーマンの背中が見えた。明らかに酔っていて、道をジグザグに進んでいる。
今にも足が絡まって転んでしまいそうなので、ひやひやしているとスマホの着信音が鳴り響いた。
サラリーマンのものらしく、ゴソゴソとカバンを漁っている。しかし、なかなか見つからないようで、今度はポケットを探り始めた。上着にもなく、ズボンの後ろポケットに手を突っ込んだところで、ようやく目当ての物を発見した。
あっと俺が声を上げたのは、スマホを取り出した拍子に、一緒にサイフも飛び出してきたからである。
だが、サラリーマンは気付かずにスマホをいじりながら歩いて行ってしまった。
俺が追いかけようとするよりも早く、サラリーマンを呼び止める者がいた。
「すみません! 落としましたよ!」
その人物は俺から死角になっている曲がり角から現れた。
サラリーマンは振り返ると、その人物が拾った物を見る。すると、驚いてズボンのポケットを確認し、いやぁと破顔して受け取った。
「どうも、ありがとうございます! 危なかったぁ」
へらりと笑って頭をかく。
「このまま帰っていたら妻の雷が落ちてるとこでした」
「ははは! 渡せて良かったです!」
その人物も笑い返して朗らかに応えた。
しきりに助かった、と繰り返したサラリーマンは、最後に頭を下げるとようやく立ち去る。
小さくなっていく背中を、その人物は見送っていた。
先日と同じく黒っぽいジャケットに帽子を被ったその人物に、俺は日下部さんと声をかける。
ハッとして振り返った彼女は、俺の姿をみとめると目を丸くした。
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