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「よく私だと分かったね」
俺たちは先日会った公園にいる。
入口付近には古びたベンチが設けられていた。塗装が剥げてささくれ立っているベンチは、この公園ができてからの年月を物語っている。
座る分には問題なさそうなので、俺たちは隣り合って腰掛けた。
日下部さんはしばらく正面の枯れ木を眺めていたが、おもむろにポツリとつぶやいた。
俺は意図を図りかねて返答に詰まる。困惑しているのが面白かったのか、彼女はくすりと笑った。
「今までもね、知ってる人と行きあったことはあるんだけど、みんな私じゃなくて奏太だと思った。この格好のせいもあるんだろうね。これ、奏太のなの。けど、一番の理由は昼間の私とはキャラがあんまり離れてるから。だから、誰も私だと思わなかった」
でも君は違った、と彼女は俺に向き直る。
「最初に会った時から気付いていたんでしょ。どうして? どうして奏太じゃなくて、私だと思ったの?」
真摯な眼差しに、何と言えばいいのかすぐに言葉が見つからない。
確かに2人は姉弟とあって、顔立ちがどことなく似ている。暗がりで奏太の服を着ていたなら、彼と間違えてしまうかもしれない。
しかし、それは相手が生きている場合ではないだろうか。
どんなに似ていても、死んだ人間だと咄嗟に思うだろうか。
俺がそう言うと、日下部さんは首を振る。
「相手が死んでいるからこそだよ。会えないから余計に会いたくなる。会いたいって気持ちが、目を曇らせるんだ」
静かな口調で語る彼女に、なるほどと頷く。
では、なぜ俺は日下部さんだと判断したのだろう。
「……強いて言うなら、この場所のせいだと思う」
俺は前方に並ぶ枯れ木に視線を向けた。今は何の色彩もない姿だが、春になると美しい花をつけ、公園に訪れる人を楽しませる。
「日下部さん、前に桜の絵を描いていたよね。あれってこの桜の木だろ? ずいぶん時間をかけてたから、よっぽどここが好きなんだなって。俺、近所に住んでるから、すぐにここの桜だって分かったんだ。だから、この桜でまず思い浮かべるのは日下部さんだった」
だからじゃないかな、と彼女を窺うと意表を突かれたという表情をしていた。
「私の絵、見てたの?」
「あ、うん。部室の棚にみんな飾ってるだろ。置きっぱなし感があるけど。でも、日下部さんの絵はなんとなく目に止まって。たまに見てたんだ」
俺が言うと彼女は押し黙ってしまった。
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