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次の朝、俺はユウを宥めすかしながら交番に連れて行く。警官の姿が見えると複雑な気持ちになった。やけに俺に懐いているこいつを引き渡すことに罪悪感を覚えたのだ。
でも、こいつをこのままにはしておけない。両親だってきっとこいつを探している。
「おまわりさん!」
俺が声をかけながら交番の中に入ると、年配の警官がこちらを見る。
「なんだい?」
「あの、子どもが迷子になってるみたいなんです。昨日の夜に見つけたんですが、もうかなり遅い時間で子どもも俺から離れなかったので、連れてくるのが今日になってしまいました」
今朝見つけたと嘘をついてもよかったが、ユウが正直に話してしまえばどうせバレることだ。ただでさえこの状況はよくない。見知らぬ子どもを一晩泊めたのだ。見ようによっては誘拐犯にも間違えられかねない。
「ん? その子どもは?」
「え? ここに……って、えぇっ!?」
さっきまで隣にいたのに。それなのに、ユウの姿はどこにもなかった。
「君、ふざけているのか?」
「いや、ちっ、違うんです! 本当にさっきまではちゃんといて……」
「さっきまではって、ここに来た時から君は一人だったじゃないか」
「はぁ!?」
まるで狐につままれた気分だった。俺は確かにユウと一緒にここへ入ったのだ。それより。
「ユウ!」
もしあいつが逃げたのだとすると、本当にどこかで迷子になっている可能性がある。ウロウロしているうちに変質者に攫われたり、どこかで事故にでも遭っていたら。
気付けば一目散に駆けだしていた。警官が何か叫んでいるようだったが、もう耳には入らなかった。
「ユウ、ユウ!」
俺はとりあえず今来た道をユウを探しながら引き返す。闇雲にあちこち探すよりはマシだろうと思ったのだ。
背中に嫌な汗が流れる。こんな気持ちになったのは初めてだ。こんなに焦燥感に駆られることも。
そうこうしているうちにマンションに戻ってきてしまう。
「クソッ……ユウ!!」
「パパ!」
「え……」
ユウは昨日いたという植え込みから飛び出してきて、俺に駆け寄ってきた。
「嘘……だろ」
「パパ!」
「このバカッ!!」
安堵と苛立ちがあいまって、俺はつい大声でユウを怒鳴りつけてしまう。ユウの瞳からはみるみるうちに大粒の涙が零れ、大声で泣き出そうとするその一歩手前──。
「……ッ」
俺は力いっぱいユウを抱きしめた。ユウは呆気に取られたのか、涙を浮かべたままきょとんとしている。
「変なオッサンにでも攫われたらどうすんだ? 車に轢かれでもしたらどうすんだよ? え? なんで黙っていなくなった!?」
ユウはビクついているが、そんなことは知ったこっちゃない。今後こういったことは絶対に許さない。俺がどれだけ焦ったと思ってんだ! この俺が!
ユウは瞳をうるうるとさせながら、小さな声で呟く。
「だって……パパとっ……離れたくない……パパとっ、パパ……」
「あー、もう!!」
なんでだよ、俺はお前のパパじゃない。何度言えばわかるんだ? で、お前はなんで俺をパパなんて呼ぶんだよ、五歳ならもう顔の判別くらいつくだろう?
心がぐちゃぐちゃに掻き乱された。必死になって走ったり、探したり、人を怒鳴りつけたり。こいつにかかると、俺が俺でなくなっていく。
「ボク、パパといるっ」
ぎゅっとしがみついてくるユウを抱き上げ、俺はマンションへ入る。
このままでいいわけはないが、交番へ行くのがそれほど嫌というなら別の方法を考えなければいけない。
俺は溜息をつきながら、トボトボと部屋へ戻っていった。
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