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それからは、俺とユウとの攻防戦だった。
俺は近所の保育所や幼稚園、児童館のような場所へユウを連れて行こうとした。でもユウはそれらをことごとく嫌がり、例のごとく突然消える。俺がどんなに注意していても、ほんの一瞬目を離した隙にいなくなるのだ。
「お前さ、両親に会いたくねぇの?」
「ママに会いたい!」
「パパは?」
「ここにいるもん」
「だーかーらっ!」
もういちいち否定するのも面倒になってきた。俺はテーブルに突っ伏し、ぼんやりと考える。
どうしてこいつは一瞬で姿を消すことができるんだ? 姿を消した後、近くにいるわけではない。必ず例の植え込みに戻っているのだ。
「パパ、お腹へった」
「へーへー」
俺はのそりと起き上がり、キッチンへ行って冷蔵庫を開ける。中身を確認し、ガクリと項垂れた。ここ数日で冷蔵庫は空になっていた。
いつもは出来合いのもので済ますことが多いけれど、さすがに子どもがいるとそうもいかない。幸い料理は嫌いじゃなかったので、ユウのために自炊をしていたのだ。
「買いに行く」
「ボクも行く」
そういやユウをスーパーに連れて行ったことがなかった。その時ハッとひらめく。
スーパーといえば女性だらけなわけで。もしかしたら、ユウの母親と偶然会えるかもしれない。
「よし、じゃ行くぞ」
「うん!」
俺はユウと一緒にスーパーへ出かけることにした。
ユウと手を繋ぎ、道を歩く。ユウはもう珍しくもないだろうに、あちこちをキョロキョロしながらああだこうだと俺に話しかけてくる。呆れるほどに能天気な笑顔で。
「お前、迷子のくせにお気楽だな」
「迷子じゃないもん」
「迷子だよ」
「ちーがーうっ」
ぷぅと頬を膨らませる様は可愛くて、思わず頬をつつくとユウはくすぐったそうに身を捩りながらゲラゲラと笑う。
無邪気だ。汚いものなど何も知らない無垢な子どもだ。コロコロと変わる表情、放っておけばいつまででもしゃべっているし、とにかく騒々しい。だけど不思議と鬱陶しいとは思わない。
どうしてだろう? ユウが笑っていると俺はホッとするんだ。ユウが泣きそうになると胸が詰まる。こいつを守ってやらなきゃなんて、柄にもないことを考える。何に対しても興味が持てず、好きも嫌いもよくわからないような俺なのに、ユウのことは好きだと思える。
「子どもってすげぇな」
「子どもじゃないもんっ」
いっちょ前に反論してくるところは生意気だけど、やっぱり可愛い。全く自覚はなかったけど、俺ってもしかしたら子ども好きなのかもしれない。
そんなおかしなことを考えてしまうくらいには、こいつにほだされているのかもしれないな、そんな風に思った時だった。
「きゃあああっ!!」
けたたましい女性の叫び声がした。道路に目を遣った瞬間、頭の中が真っ白になる。
物凄い悲鳴とコンクリートとタイヤが擦れる嫌な臭い、耳障りな音、そして目の前には迫りくる大型トラック。叫ぶ間もなかった。轢かれる、そう思った。だが──。
「あなたっ、大丈夫!?」
俺の周りには大勢の人がいた。俺は横断歩道のすぐ近くにいたはずなのに、何故か今はそこから離れた場所にいる。訳がわからなかった。しかしすぐに我に返り、辺りをぐるりを見回す。ユウ、ユウはどこだ!?
「あ、あのっ、子どもは!?」
「子ども? 子どもなんていないわよ」
「嘘だっ!」
「大丈夫? きっと混乱してるのよ。もうすぐ救急車が来るから動かないで」
すぐにでもユウを探しに行きたいのに周りの大人たちは俺を抑えつける。そのうち救急車が到着し、俺は散々ユウのことを訴えたが全く聞き入れてもらえず、そのまま病院行きとなった。
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