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「西森紗弓といいます。透依の恋人です」  友人二人との初対面は、そんな自己紹介から始まった。  今朝の集合場所は小さな駅。同じ高校に通う僕らにとって共通の最寄りで、通学の際も電車を使う日はここで合流することも多かった。そんな馴染みのある駅の待合所で、僕ら四人は顔を合わせている。  紗弓の発言に、僕は固まった。怜治も固まった。晴なんてもう見たことないような顔をしている。普段は何を考えているのかわからないくらい表情の変化が乏しい晴にこんな表情をさせるとは、やはり魔法使いは伊達じゃないということだろうか。  妙なところに感心してしまったけれど、この場で苦境に立たされたのは僕だった。事前にろくな説明もなく他の女子を連れてきたうえ、紹介するよりも先に紗弓にとんでもないことを言われてしまったからだ。 「へー、びっくりした。マジで?」  おどけた調子で怜治が一声発する。でも内心平静ではないんだろう、片眉がひくひくと動いていた。  彼が怒るのはもっともだ。今回遊びに行くのは、怜治が僕の要請に応えて予定を空けてくれたからこそ成り立っている。もし立場が逆だったら、僕もどのくらい怒るかわからない。 「マジじゃないよ。この子は冗談を言うのが好きなただの親戚」  冷静にあらかじめ用意しておいた設定を告げると、二人は揃って息を吐いた。表情の落差が大きかった分、晴のほうがその変化は顕著だった。 「そ、そっか……親戚、ね。そんな気は、し、してたよ……」  まだ動揺が収まらないらしい晴。そこまで驚くことだったのだろうか。  当の紗弓は涼しい顔をしている。先程の発言の意図も読み取れない。単にからかっただけなのだと思うことにした。魔法使いは世間の感覚と多少のずれがあってもおかしくないだろう。そういうことに、しておこう。  各駅停車の電車が着き、僕らはそれに乗り込む。乗客はまばらで、お年寄りや家族連れが目立つ。普段利用するのは通勤通学の時間なので、座席が空いているだけでも少し新鮮に感じた。  ボックス席に四人で座る。いつもなら僕の隣は空席になるのだが、そこにぴったりと紗弓が入る。まるで以前からこのグループの一員だったみたいに。 「順番がごちゃごちゃになってしまったけど、説明するよ」  紗弓について話せることは実際のところほとんどない。何しろ僕らは数日前に出会ったばかりで、その関係も脅す側と脅される側。それをそのまま打ち明けるほど初対面の印象として最悪なケースもないので、事前の口裏合わせは必須だった。  そうして今日までに作り上げたのが『夏の間だけ遊びに来ている親戚の女の子』という設定だ。これなら夏の思い出が作りたいというのを彼女と僕二人分の主張として通しやすいし、お互いのことをよく知らないのも無難に誤魔化せる。  想定外だったのは、そこまでして印象を取り繕おうとしたのが紗弓の一言で無に帰してしまったという点だった。  それでもなんとか当たり障りなく紹介を終えて、友人二人の顔色を窺う。怜治は全面的に信頼してくれたようだが、晴はまだ納得がいっていない様子だった。 「つまり、その子と四人でいろんなところにお出掛けしようってこと?」 「そういうことになりますね」 「なんで敬語なの」 「いや、申し訳ないなって気持ちがあるし」 「それならもっと早く話してほしかった」 「ごもっともです……」  つらい。  こんなことなら前もって紗弓の紹介だけでもしておけばよかった。タイミングの都合で当日に顔合わせをするしかなかったとはいえ、もう少し詳しい話を通しておけばこうはならなかったかもしれない。 「まあまあ。今日行こうって話になったのも確か三日前くらいだったろ? 急だったんだし説明が遅れたのも仕方ねえよ」  怜治が助け舟を出してくれた。空気が悪くなるのを見かねてのことだと思うが、自分にも非があるように言われるとますます申し訳が立たなくなる。  ふと隣に視線を移すと紗弓は窓の外を眺めていた。おのれ。 「それよりさっ、現地着いたらまずどこ行くよ。昼飯にはまだ早いだろ?」  快活な声で怜治が言う。僕もそれに乗って明るく努める。 「そうだなあ、じゃあ新しくできたっていう雑貨屋に寄ってみるとか」 「いいねそれ採用。女子はどっか行きたいとこある?」 「わたしは本屋、かな。この前言ってた小説の続きが出てるらしいから」 「マジか、俺も気になるなそれ。紗弓ちゃんはどう?」 「どこでもいいですよ、別に」 「んじゃ適当に近場から寄っていって、途中で飯にするってことで」  かくして話は進んでいく。怜治は進行役を請け負いつつ、紗弓が入りづらい話題を避けているようだった。さすが人気者のコミュニケーション力というべきか、僕には到底真似できそうにない。  一方でもうひとり、怜治が気を遣っているらしい相手がいた。晴だ。  会話中、僕の真正面に座る晴は紗弓のほうをちらちらと盗み見ていた。普段うつむきがちな彼女がそうしていると、野良猫の標的にされた小動物のような哀愁が漂ってくる。怯えているのではないと思うが、警戒しているのは確かだろう。  僕は誰にも聞こえないように小さく息を吐く。  これは思っていたより、前途多難かもしれない。 「おい透依、どうにかしてくれ」  怜治が白旗を揚げたのは昼過ぎ。それでもよく保ったほうだと思う。  駅と隣接したショッピングモール内を回り、その一角にあるファミレスで食事を摂るまでの間、紗弓の声を聞く機会はほとんどなかった。話しかければ応えてくれるが、それも最低限。何をするかといえばただ無言で僕の隣に位置取り、僕の一挙一動を眺めるだけという始末だった。 「どうにかできるんならとっくにしてるよ……」  トイレに逃げ込んで泣き言をいう男子高校生二人組。はっきりいってものすごく情けない絵面だ。  悩みの種は紗弓だけじゃない。晴も彼女同様、口数が極端に減っていた。もともと無口なのを差し引いても、明らかに盛り下がっているのがわかるくらいに。 「紗弓ちゃんは今日が初めてだから黙ってるのもしょうがないと思う。けど晴まで無言になられるとさすがにやりづれえわ」 「やっぱりその原因って僕にあるよな。申し訳ない」 「ほんとだよ」  怜治は大きく嘆息する。紗弓や晴の前では言わないようにしていたけれど、現状がそもそも僕の楽観が招いた展開だという認識は彼にもあるようだった。 「頼むぜ。俺はできるだけみんながハッピーになるようにしたいけど、実際手綱を握ってんのはお前なんだからさ」 「どういう意味?」 「そのまんまの意味だっての。御者はお前で、馬車馬は俺」  自分で言っててよくわかんねえわ、と苦笑する怜治。  ともかく現状の暗い雰囲気を解消する責任が僕にあるのは間違いない。そのための手立てを早急に考えて、待たせている二人のところに戻らないと。 「食後はどこ行くって話してたっけ?」 「自由行動ってことにしてたけど、あの調子じゃ晴は帰っちまうだろ」 「あり得るな……じゃあ二組に分かれて帰るときに合流しようか」 「そうするのが丸いだろうな」  怜治も同じことを考えていたのか、首肯するのは早かった。  紗弓と晴を別行動にさせれば少なくとも晴は持ち直すはず。無理やり仲良くさせるよりもこちらのほうがまだ傷は浅くて済む気がする。 「けど透依、お前は晴と行け。紗弓ちゃんは俺が引き受ける」  それは僕にとって思いもよらない提案だった。 「見た感じ、晴はお前に話があるみたいだからな。紗弓ちゃんが隣にいない間なら勝手に話してくれるだろ」 「でもそうするとそっちは紗弓と二人きりじゃないか。任せて大丈夫なの?」 「当然。むしろ俺はそっちのほうが心配だぜ」  にやり、と余裕ぶった笑みを見せる怜治。  彼に根拠があるのかはわからないけれど、こんなに頼もしく感じる友人は他にいないと僕は思うのだった。
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