一線

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   顔を上げると、すべての線が消えていた。  そして、新たに一本の線が生まれていた。それは部屋の中央で、ベランダと私を隔てている。その線に見覚えがあった。  いつか、線の先の文字が見えなかった、あの線だ。今は、その先の文字を読むことができた。 〝鳥〟  ——そうだ。  よろよろと立ち上がると、私はその線に近づいた。そしてその手前、徒競走のスタートラインのように、ギリギリのところで立ち止まる。  私は、鳥になりたかった。  もし、祐也のお姫様になれないのなら。鳥になってみたい。鳥になって、大空を自由に飛び回ってみたい。  あのスズメたちのように。何にも縛られずに、遠くまで行ってみたかった。疲れたら適当なところで休んで、眠って、また進む。あてもなく、遠く、彼方へ。  ずっと夢だった。見ないようにしていた夢。でも今、はっきりと気づいてしまった。自由への渇望。  それはきっと、とても幸せなことなのだろう。  一歩踏み出すと、体は簡単に線を超えた。  カラリと引き戸を開ける。夜風が部屋に入り込んで、ワンピースの裾をひらひらと揺らした。冷たい空気が心地いい。  ——〝線〟を超えると、私はよくないものになってしまうのだと思っていた。  だから、線は超えてはいけなかった。それは、私の中の掟。あちらとこちらは、別世界なのだから。  でも、鳥になれるのならば。  変わってしまうのも悪くない。  私はベランダの手すりに足をかけると、そこから力いっぱい、飛び立った。  その瞬間、私はたしかに鳥になれたのだった。  
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