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その日の夜、家に帰ると私は祐也に懇願された。
「なぁ、俺はさ、恵に外に出てほしくないんだよ。恵が変な男に目をつけられたらと思うと気が狂いそうになるんだ。俺のこの気持ち、わかるだろ?」
祐也は自分が仕事に行っている間、私が外出するのをこころよく思っていない。それをわかっていて沙也加と会った私は、殴られて当然だ。さらに増えた右腕のあざを押さえながら、私はこくこくと頷いた。
その日から一ヶ月、私は一歩も外へ出ずに日々を過ごしていた。
四階から外の景色を眺めると、どこか別の世界のジオラマのように見えた。昔はたしかにあの歩道を歩いていたのに、もう私がそこに行くことはない。そう思うと不思議なもので、見える景色はすべて、テレビの向こうの世界のように感じられた。
だけれど、祐也と二人だけとなったこの世界は思いのほか幸せだった。
祐也は穏やかになり、仕事の帰りにはスイーツを買ってきてくるようになった。かっとなって暴力を振るうことも減ったし、私が料理をしている時におもしろがって後ろから首を締めてくることも減った。私が家にいることで、ようやく安心したようだった。
そんな私の最近の楽しみはというと、ベランダに出て、スズメにパンを上げることだった。
スズメなんて今まで見向きもしなかったけれど、おいしそうに床をつつく姿はとてもかわいかった。〝もっと、もっと〟と私を見上げてくる視線は愛しい我が子のようだ。その声や振る舞いに、私は日々癒されていた。
そしてまた、どこかへ旅立つ彼らを手を振って見送るのが日課となった。
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