一線

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   ふと思い立ち、私はクローゼットの扉を開けた。  中には、数着の洋服がかけられていた。かわいらしい服を着ると祐也が「どこのどいつに色目を使う気だ?」と言うので、結婚をしてからはいつも味気のないスウェットを着ていた。この服たちは、独身時代に着ていたかわいい服の、名残。  その中から、お気に入りの白いワンピースを取り出す。 〝やっぱ白って清楚な感じでいいよな。お前、ずっとこれ着てろよ〟  この服を着ていた頃、祐也にそう褒められたことがある。  あの頃、私はたしかにお姫様だった。いつも魅力的で、キラキラしたお姫様。祐也に愛される、素敵な女性。  ……私に足りなかったのは、そういうものなんじゃないだろうか?  私は服を脱ぐと、ワンピースに着替えた。  しまいこんでいたパンプスも取り出してみる。久しぶりのヒールはつらいかもしれないけれど、急に女性らしくなった足元に、心が踊り始めた。  こんな格好をしたら、祐也に怒られるだろうか。  いや。きっと私を見直してくれる。  そして私のことをまた、好きになってくれるはず。お姫様だと思ってくれるはず。  そしたらまた、一緒にいてくれるよね?  私は部屋を飛び出した。  玄関には、不思議と線は現れなかった。〝脱走犯〟になる気がなかったからかもしれない。 *  久々に出た外の世界は、まるで不思議の国のようだった。  もう二度とこの目で見ることはないと思っていた世界が今、目の前に存在している。その事実は私に不思議な高揚感を与えた。しんと静かな住宅街を、近所の輝く繁華街を、妙にハイな気持ちで走り抜けた。  ねぇ、祐也。  もう一度私を見てよ。  私、祐也のお姫様になったよ。  家の中で、ずっと祐也のことを待ち続けるから。だから、お願い。  私のことを見て。  また、私のところに帰ってきて。  そう願いながら走っていると、大通りの道の先、ネオンの下に祐也の後ろ姿が見えた。後ろから抱きつくつもりで、全力で近づいていく。  だけれど、ふと足を止めた。  祐也の隣に、女性がいたからだ。  その人は、祐也と腕を組むことも、べったりとくっつくこともなく、祐也の隣を歩いていた。でも、その背中が大きく開いた白いドレスを着こなす彼女は、ただの友人のようには見えなかった。心がきんと冷たくなっていく。  なんとなく、予想していた。  祐也に、他の女性がいるということを。  でもひとつ、予想していなかったことがある。  その相手が、沙也加だということを。  
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