友達以上恋人未満にルビを振るならば、世界で一番大好きな人。

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〈結婚するなら、二番目に好きな人を選ぶといい。〉  意味わかんねーと桔梗崇水(ききょうしゅうすい)は頭を抱えた。確か、中学生くらいに流行ったドラマのセリフかあおりで使われていたと記憶しているが、インパクトの強い言葉だけ憶えていて、実はごく最近知ったのかもしれないと時たま考えることもある。 『結婚って名実ともに好きな人を自分のものにできるまたとない機会だろ』と両親に憤りと驚愕とをぶつけた。  今考えれば、恋愛と結婚は別物――打算と妥協と擦り合わせが大事だから、そう考える人がいてもおかしくないとわかるが、相当ガキだったあの頃は、純粋に好きな人を独り占めにすることしか考えてなかったのだ。手に入れた後の現実を考えずに……。  想定していた(てつ)でもあんなに振り回されて、崇水を縛り付けてくるのだから、感情に振り回されやすい崇水だったらもっとひどくなっていたのかもしれない。   『30分だけでもいいから会えない?』  ラインで、黒葛原光波(つづらはらみつは)を呼び出す。初対面は、同じ経営学部のオリエンテーション。中学生が混じっているのかと思うほど華奢でベビーフェイスな相貌が庇護欲を煽るのに、話してみると年齢以上に大人びていた。  気が付くと傍にいるのが当たり前で、他の友人よりも居心地がよい。大学二年生の時に事件に巻き込まれた際は、誰よりも愛情深く守ってくれた。自分が護っているつもりだったのに……。 『バイトないから、朝まで時間あるよ』  ぎこちない、違和感を覚える文章が、彼の精いっぱいの誘い文句ではないかと錯覚してしまう。が、同じ気質持ちだからわかる、真夜中の逃避行の手伝いだとすぐわかった。 『じゃあ、光波んち行っていい?』  しばらく連絡が途切れ、スタンプが表示された。ふっと笑みが漏れ、外出の支度もそこそこに愛車のカギを持って外へ出た。  ◇  エントランスと部屋の前のインターフォンを鳴らすと、玄関前で待機していたらしく、すぐに玄関ドアが開いた。 「こんな夜中にごめん」 「ゆっくりしていって」  衝動的に行動してしまう自分に、計画を立てて行動してよという人間は根本的に合わない。今だって、光波の声が聞きたくてふらりと行動しただけで、別段悪いことをしているわけじゃないからだ。 「コーヒー飲む?」 「もらっていいか」 「もちろん」と頷きながら、光波はインスタントコーヒーを作っている。崇水のために滅多に飲まないコーヒーを用意しているのが、好きな飲み物を憶えていてくれて歓迎されてるんだなって感じて、飛び跳ねたいほど嬉しくなる。 「大丈夫か? コーヒーが苦手って聞いたから」 「大丈夫。換気扇回してるからね」  ふにゃりと眦を下げ、ホットコーヒーを崇水の前に置き、ホットミルクの水面に息を吹きかけて冷ましている様子を見ると、のぞんでいた未来を手にしたんだなと、急に感慨深くなる。 (今では、月城さんと上手くやっているようだし、オレもセフレがいるから、安心して光波の傍にいられる)  恋愛には向かないあきっぽい性格と、短期間にころころと彼女を変えその間にも途切れることなくセフレがいる、高校生や大学生にしてはただれ切った自堕落な恋愛――欲望を吐き出すことしか考えていなかったお粗末な恋愛――がほとんどだった。  元より男性と付き合う気は更々なかったし、弟のように大事にしている光波から告白されても断り続けていたのだ。  なのに…………。 ――友達じゃ物足りない。  飢餓感や喪失感、執着にも似た切ない感情に、何度も心が揺れ動くことがあったが、なぜそんな感情を覚えるのかもいまだによくわからない。第一、彼は友人で居場所みたいな存在なのだ。  時折、彼を全裸にひん剥いて奥底まで暴いてやりたい衝動に駆られる。触れ合う肌の温度、嬌声はどんな感じだろうかなどと、男色の気もクソもないのに、悪夢のようにその考えは付きまとう。好奇心だけでセフレに抱かれたのがきっかけで、試してみたい願望を抱いてしまったのか。  なのに、露ほども別の男性を抱いてみようとは思わない。ただ、彼だけを抱いてみたいのかもしれない。よくわからないけど。 (まあ、大切な友人に恋人ができて、取られた気がして寂しいんだよな)  深く考えるのは苦手だし、今が幸せならそれでいい。   「もう少し……もう少しだけ一緒にいていいか?」  女々しいだろうが、今は――今だけはふたりきりでいられる。光波の寝乱れた髪を梳きながら、問いかけた。寝起きの無防備で一等幼い寝ぼけまなこが、また愛くるしくて仕方ない。 「もうひと眠りする?」  寝起きのせいか、光波の舌足らずな喋り方は、少し気だるげでまだまどろみの中にいるみたいだ。 「起きて」  また掛布団を頭の上まで被って、寝ようとしている光波の手首をつかむ。  光波はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、身体を寄せ、崇水の脚に脚を絡ませ、「『友達じゃ物足りない』って時々思わない?」と耳朶に吹き込んだ。刹那、紫色の瞳が零れそうなほど目を見開き、ぬくもりが残るベッドに光波を押し倒した。
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