プライア

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砂漠の師たちは 天使の手を好きに動かして おくようにと つねづね言っていた パウロ・コエーリョ 「マクトゥーブ」より ──────── 運命は、女のようにソフトだ。 十真は、県の家庭裁判所支部の駐 車場に至る通路を、弁護士の魂棚 (たまだな) と歩きながら思った。 つまり、けして優しいというわけ ではない。 「十真(とうま)さん、とにかく… 今回は過失相殺(かしつ そうさい)という型(かたち)で、 どうにか免れましたが、 こんな時代なんですから…」 「こんな?」 十真は、魂棚の黒のスーツの襟 (えり)に輝く金の向日葵(ひまわり) に眺め入った。 「スーイズム(訴訟主義。 何でも裁判で片をつけたがる 傾向)の、といいますか… 貴方も、もう19なんですし」 「分かってます。既に触法少年 じゃなく、何かあれば犯罪少年 にシフトしてしまうって ことは。 ねえ、でも魂棚さん、刑罰に 触れるっていうのと、刑罰を 科されるっていうのの、 意味の違いって 何なんですかね?」 「意味判断を問う明正性の問題か 意義学的解釈の問題か、ここで 意味解析(かいせき)を行って いても仕方がないと思いますが」 「ですね。俺なんて、貴方と 違って大学中退なんで、 シンタックス(字句間関係・ 構文)エラー出まくり。まあ、 リーガリーズ(法律用語)や 統語論は貴方にお任せ するとして、 親父(おやじ)によろしく」 「いやいや。お父様には、 とにかく報告に行かないと いけません。 これから一緒に…」 「以前は親父も貴方と一緒に、 ここに駆けつけてくれたもん だけど、もう来やしないしさ。 行かないよ、俺。ま、今回も 首尾よく俺の魂(たま)を奪還 しましたって。それは、俺、 感謝してますから。ホント。 貴方はいつも…下手したら親父 より、こうして俺と一緒に 歩ってくれるし。ねえ」 十真は魂棚に擦り寄って、首を 傾(かし)げて顔を覗(のぞ)き込み、 にこりと笑いかけた。 40代の魂棚は咳払いをしたが、 身を引かなかった。
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