十、桃の花

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 いつも髪を下ろしているいろりは、今日は出かける際、後ろに一つ、小さく丸めていた。そのため背後の蛇珀からは、彼女のうなじがよく見えた。  その白く香り立つ光景の、なんと魅惑的なことか。  蝶が蜜に誘われるように、気がつけば蛇珀は、いろりのそこに吸いついていた。  何が起きたかわからず、いろりは声を出すこともできずに身体を震わせた。  その反応に怖がらせてしまったと勘違いした蛇珀は、急ぎ身体を離した。   「わ、悪い! 驚かせたな」  しかし、蛇珀はいろりの自身を見る目に、先ほどの気遣いは杞憂であったと知る。 「悪くなんてありません。……もっと、してください、蛇珀様」  桃の花よりもずっと濃く色づいた少女の頬。濡れたように光りを持つ瞳と唇に、蛇珀は身体の底から湧き上がる激情を抑えきれなかった。  ——大地が揺れる。  蛇珀のやり場のない(たぎ)りを代弁するかのように。 「じゃは」 「——蛇珀!!」  突如、空気を切り裂くかのような鋭い声がいろりを遮った。
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