ひとつのお願い

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 満月が南天に近付いてきた。私はお月様が木の真上に見えるようにと、小さな木に近付こうとした。だけど殺気立った人たちが押し合いをしていたから近付けなかった。 「今年も混沌としとるのう」  気が付くと私の横にお爺さんが立っていた。 「なんで場所を取るのにあんなに必死なんですか?」 「お嬢ちゃん知らないのかい?叶えられる願い事はひとつだけ。この大勢の人々の願い事の中からひとつだけなんじゃよ」  え?ひとつだけってそういう事なの?こんなにたくさんの人が居て、その中からひとつだけなんて…どうしよう、私の願いは叶わないかも知れない。胸が締め付けられて苦しくなった。 「だからみんな木の上に月が来たときに一番高く見える場所を取るのに必死なんじゃよ。一番叶えられやすいと思うんじゃろうな。他の人を押し退けたり喧嘩をしたり…人間とは(ごう)の深い生き物よのう…」  そう言うとお爺さんは殺気立った人々の中に入って行った。 「危ないよ、お爺ちゃんっ」  その声は人々の怒号にかき消されて届かなかった。  お月様が南天に来た。さっきまでの喧騒が嘘のように収まり静寂が訪れた。私は離れた場所からだけど気持ちを込めてお願い事をした。 「お婆ちゃんが元気になりますように」  海からの風が草原を波打たせ、木の葉を揺らした。
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