不審な彼女の落とし物

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不審な彼女の落とし物

あ、また落とした。 もう何回目になるだろう。 俺の視界にいる彼女は、何度も何度もハンカチを落としては自分で拾っている。 あ、また拾いに行った。 パタパタと軽く埃を掃い、丁寧に畳んでいる。 一体なにをしているんだ…。 手に持っていた終わりかけの煙草を最後に一口吸い、火を消す。 不審な女がハンカチを落とす道を通るために。 その、出来れば通りたくないが通るしかない道へ歩を進める。 まあ何かあっても無視すればいいのだ。 無視、無視。 キョロキョロとあたりをうかがっていた彼女は俺が近づいたことに気付くと、俺の方に歩いてきた。 10メートル、8メートル、あと3メートルという、もう世間話も出来る距離まで近づいた後 クルリとUターンした。 なんなんだ そのまま彼女はゆっくりと来た道を戻り…ハンカチを落とした。 お、俺に拾えってか? 思わずハンカチの手前で止まってしまった。しまった。無視しようと決めていたのに。 彼女はチラッと振り向き、明らかに俺が拾うのを待っている。 暫く、無言のにらみ合いがあり… 俺はハンカチを拾った。 「あの…落としまし」 「拾ってくださったんですね!ありがとうございます!!」 いいえ。拾わされたんです。あなたに。 「はい。どうぞ。では」 彼女の手にファサっとハンカチをかけ、素早くその場から立ち去ろうとするとスーツの裾を掴まれた。彼女に。ホラーだ。 「あの、お名前を」 「………名乗るほどのことでは」 人生で初めて使った、この台詞。 わざと落とされた物を拾って使うと思わなかった、この台詞。 「いいえ!このハンカチは私の大切なもの…拾ってくださって助かりました」 「さっきから何度も何度も落としていたのを俺は見ていたぞ」 スーツの裾を取り返そうと引っ張るが、さらに強く握られてしまった。皺になるからやめてくれ。 「やだっ。私のことを見ていたんですか…!?」 「そりゃ奇怪なことをしている怪しい人間がいたら警戒して見るだろ!」 確かに見ていたっちゃ見ていたが、あくまで警戒からくる観察だ! 「つい目で追ってしまうのは気になってしまうから、ですよ。それはつまり恋の始まり。もう始まっているんです」 「なに言ってんだ」 「もうあなたは私に落ちてるんですよ。恋にね」 「なに言ってんだ」 どうやら俺は、変なヤツを拾ってしまったようだ。
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