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 俺はB新人賞を獲り、小説家としてデビューした。  けれど、一発屋で終わりたくない。始まりこそ「一生のお願い」でも、努力によって、叶えた夢を見続けることはできるはずだ。  「読者に愛される作品」をモットーに、俺は精力的に小説を発表していった。  最初は、「なんで賞を獲れたか分からない作家」なんて酷評する人もいた。歯を食いしばって耐えながら、前作よりも面白いと言われる作品が書けるよう、腐心した。  どうやら、俺にはセンスはなかったけれど、めげずに書き続ける根気はあったらしい。  気が付けば、俺の作品には一定の評価、一定の固定ファンがついていた。  私生活も充実し始めた。いつの間にか恋人ができ、結婚した。結婚式には、俺の背中を押してくれたカナも来て、余興ではモデルウォークを披露してくれた。ベルトに結びつけられた空き缶たちが、カナが真面目な顔をして歩くたびに、カランカランと祝杯を上げた。  やがて子どもにも恵まれ、自分の家族を持った俺は、その経験を小説にぶつけた。アンダーグラウンド的な要素は封印して、家族の絆を描いたハートフルストーリーを主軸に据えたのだ。  この路線は思いのほか評判が良く、俺の作品は「絶対に泣ける」といくつか映画化され、ドラマ化も決まった。  名を上げるにしたがって、「エンジェルさん」からの協力依頼も舞い込むようになった。他の人の「一生のお願い」を叶えるお手伝いである。  しかし、俺にとってはどれもお安い御用の「お願い」ばかりだった。  「黒田先生のサインが欲しい」「黒田先生に一目会いたい」「黒田先生に、自分をモデルにした小説を書いてもらいたい」――こうした、俺の熱狂的なファンによる「一生のお願い」だったのである。  俺なんかのために「一生のお願い」を使ってくれるなんて、とむしろ感動したくらいだった。  そして、息子も十歳を過ぎ、もうすぐ「スタンドバイミー」のラストシーンが再現できるぞ、と考えていた矢先だった。  呼び鈴の電子音が鳴り、インターフォンの画面に映し出されていたのは、付き合いの長くなった俺の「担当天使」だった。  おかっぱ頭には白髪が混じり始めたが、相変わらず眼鏡をかけていて、ちょっと無愛想な印象も変わらない。 「ああ、あなたでしたか。どうぞお入りください」 「失礼します」  俺は「エンジェルさん」を歓待し、応接室に通した。妻が飲み物の希望を聞いて、キッチンへと引っ込む。  その足音が遠ざかってゆくのを確認して、俺は軽い気持ちで口を開いた。 「我が国の『自己実現度ランキング』の順位も上がってきましたね。エ……山口さんたちが頑張っているおかげですね」 「はい。ありがとうございます。本日は――」 「ご依頼ですね。今度はどういった『一生のお願い』のお手伝いでしょうか」 「今をときめく売れっ子小説家の、夭折(ようせつ)です」  ヨウセツ……溶接?  頭の中で、漢字の変換と、理解が追いつかなかった。  え……夭折? 「それは、どういうことですか。説明してください」  自分でも分かるほど声が震えていたが、「かみさま公社」の使いは、驚くくらいに無表情だった。 「――先生は、読者に愛されすぎたんです。似たような『お願い』が、何件か届いています。期限はいつも通り、この一ヶ月以内です。方法はお任せします」 「えっ……」 「『お願い』の詳細を、ご覧になりますか?」  ときどき、「どうしてあの人が」と思う有名人が命を絶つことがある。  美貌や才能に恵まれて、仕事も順調で、幸せそうな家庭があって――  だけど、今なら分かる。  「このまま、容姿や技能が衰えてゆくあの人を見たくない」「現世で結ばれないなら、いっそ消えて欲しい」……  彼らは、つかの間の夢や栄光と引き換えに、誰かの「一生のお願い」を叶えて、命を落としたんだって。  「かみさま」は、「お願い」の達成率や、財政の効率化以外には関知しない、「しにがみ」でもあった。
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