奴隷のような

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奴隷のような

「ローウェン、こんな時間にすまない」 外で吹き荒れる風に、窓がぎぎっぎぎっと音を立てている。少し肌寒い夜だ。 「いえ、起きておりました」 「これを明日の朝一番で出しておいて欲しい」 ローウェンは手を伸ばして、差し出された白い封筒を受け取った。 「やはり、お断りに?」 「ああ、もちろんだ」 「けれど、今回は少しお悩みになっていたではないですか」 返信の締め切りは、確か明後日だったはず。頭の中にあるスケジュール帳を引っ張り出し、その期限を確認した。 そしてこのように期日が差し迫ってからの返信とはと。リューンがこの返事に、少なからず迷いを持っている証拠でもあると思った。 白い封筒を懐へとしまう。 「悩んでいた、か。……そう見えたか?」 「…………」 リューンが治めるここリンデンバウムの地は、その領地もおおよそ大きく、ワグナ国でも相当の広さを持つ大地主である。この広大な領地の中にあるマニ湖に突き出すような湾に、リューンのリンデンバウム城は建っていた。 リンデンバウムのちょうど真ん中に位置する湖。ここからなら広く領地を見渡すことができる。そのためにこの湖上にたくさんの土を盛り上げて建てられた、との言い伝えだ。 「リューン様ももうすぐ三十になられます。今回のお話、もったいのうございますが……」 この広大で肥沃な領地を所望する他の領主も多かろうに、とローウェンは心の内で思った。 (しかも、こうもお顔が整っているなら、とうの昔に社交界でも娘たちの視線を釘付けにしているだろう) 色素の薄い、金色の髪。それは緩やかにウェーブがかかり、自然とまとまっている。 そして、その漆黒の瞳。黒とはいえ、宝石でもはめてあるのだろうかと、見まごうほどの深さと美しさだ。 「おい、俺はまだ二十八だぞ」 リューンが唇をへの字に曲げている。愛嬌もあり、それはだいたい好感の持てるものだ。 「……けれども、俺はもう結婚など、諦めている」 途端に、黒い瞳は伏せられた。 『名を握る領主』の噂は、ほぼワグナ国全土に渡っている。大切な娘を好んでリンデンバウムへと差し出してくる領主は、ワグナ国広しといえ、ひとりとしていないだろう。 そのような理由で、今回のように娘の成人披露のパーティーに呼ばれることも、めったに無かった。 「しかし、せっかく声を掛けていただきましたのに……」 ローウェンが珍しく引かず、リューンも苦く笑った。 「おまえも分かっているだろう。こんな招待状は建前に過ぎん。俺が行くと返事をすれば、せっかくのパーティーも、何かの理由でもつけて中止にせざるを得んだろう」 「そんなことは、」 「いいんだ。それに、俺の妻になど、なるもんじゃない」 「リューン様」 リューンは、座っていた椅子から立ち上がり、くるりと踵を返して続きのドアを開け、そのまま寝室に入った。 「俺の妻となる女は、……俺の奴隷になるようなものだ」 その時に呟いた声。 ドアの閉まる音に掻き消され、ローウェンの耳には届かなかった。
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