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夏蓮が引き金を引こうとしていた。黒い銃口は赤本の額を見続けている。
黒い点は目の前でゆらゆらと、まるで笑っているようだった。お前なんかいつでも殺せるといわんばかりに。
車内の震動はなく、鼓動だけが強く揺れている。
「もうやめないか?」と赤本が言うと夏蓮は揺れていた銃口を固めた。
「なに? 今さら恐くなったわけ?」
「いや、そうじゃない。確かに死ぬ事は怖いが、未練はない。ただ……」
「ただなによ?」
「なんで君は泣いてるんだ?」
夏蓮は赤本にそう言われ頬に流れる涙に気づいた。銃を持っていない方の指を頬に当て顔を強張らせた。
「なんでもないわよ」
赤本には目に涙を浮かべ強がっているように見えた。
「そうは見えないけど……」
「うるさい」と叫んで引き金を引こうとする。
瞬間「わかった、やるよ」と言った赤本の言葉に発砲寸前で指が止まる。
「なによ、いまさら…」
夏蓮はほっとしたような表情を浮かべていた。本心ではこんなことしたくないのだろうと赤本は思った。同時になぜここまで彼女は追い詰められているのか気になっていた。
「生きる事に未練はない。それは本当さ。でも君が泣いてる理由をしりたくなってね」
「そんなことはどうでもいいの。あの女を不幸にしてくれるの?」
「ああ、やるよ。ただこれだけは教えてくれ。なんで美知子なんだ? 恨むべきは美知子の親父さんだろ? 彼女は関係ない」
夏蓮は顔を青白くさせながら答える。
「あの女も同罪よ。それ以上いうことはないわ」
「そうか」と答えると、夏蓮からは次はないと念をおされながら赤本は車を降りた。
ネオンの光が錯綜する街並みは人混みを活気づかせていた。
酔っぱらいとしらふの半々くらいの割合になっている人混みに流されながら、8年前の事を思い出した。汗ばんだスーツのズボンが足にべたっと張り付く感覚はまさに当時のようだ。
美知子の父親が人を殺したと知ったのは、ニュースではなく、美知子本人からだった。
恋人である美知子と食事の約束をしていて、美知子が来なかったことは覚えている。
その時に誰かと食事をしていた気もするが、覚えていない。
そのあとに起きたことが、それまでのことをかき消すくらいの衝撃をあたえた。
電話にでない事を不振に思った私は、少なくとも3回以上、とくかくたくさん電話をかけた。
なぜならそれまで美知子は時間に遅れたこともなければ、当然約束をすっぽかしたこともない。ましてや連絡が取れなくなったことも。そのこともあり、私はすぐに事の異常性を悟った。もしかしたら美知子の身になにか起きたのかもしれない。そう思うといてもたってもいられなくなり店を飛び出し美知子に電話をかけ続けた。
後一回かけてでなければ直接家に行こうと考えていたとき、「ごめんなさい」と震える声で美知子が電話に出た。
私は電話に出たことによって、少なからず安堵した。
「大丈夫か? 事故にでもあったんじゃないかって心配したよ」
「うん…… ごめんね」
美知子の様子がおかしいことにはあえて触れず、今から会えないかと提案した。
何があったのかはそこで聞けばいい。まずは顔を見て安心したいという思いが強かった。
数秒、間があいてから「うん、わかった」と消えそうな声で答えた。
電話を切って私は自由ヶ丘にある美知子の家に向かった
外はすっかり冷え込んでいるのに、スーツは汗だくだった。電話では出さないようにしていたが、それほどまでに私は美知子の様子に対して動揺していた。
空を見上げると雲ひとつない空だった。
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