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自由ヶ丘の閑静な住宅が並んでいる端に美知子の実家があった。
この道を通るのは2度目だな。と最初に来た日の事を遠い昔のように思い出しながら家にむかう。
美知子から突然「両親を紹介したい」と言われたのは付き合いはじめて半年が過ぎた頃だった。
私は緊張のあまり、家の前で美知子に電話をかけて「大丈夫かな?」など弱音を漏らしながら1時間も話し込んだ。
そんな私に「入ってきなよ。こんなに近くにいるのに。変なの」と笑った後すぐに「もう24なのに両親と一緒に住んでる私のほうが変かな」と照れながら言っていた。
その電話で美知子に妹がいることを知った。
妹は大学に進学して、姉より早くに独り暮らしをはじめている。大学進学が独り暮らしをする鍵だったのかと大学に行かなかったこ事を悔しそうに嘆いていた。「本当ずるいよね」と美知子は私に妹のことを嬉しそうに話していた。
そんな事を考えていると、もしかすると、妹の事で何があったのかもしれないと胸をざわつかせる。早く会って確かめたい。その思いが足取りを速くさせた。
家の近くにつく頃には、さっきまでは明るかったはずの空がすっかり暗くなっていた。
美知子の家に行く前の一本道に人影が写った。目を細めて確認する。
美知子は外でまっていた。
外で待っている事で変な不安が募った。
街灯が彼女を舞台女優のようにピンポイントに彼女を照らしている。
10メートルくらい手前で右手を上げて小走りで近づく。
「ごめん、遅くなったね。大丈夫か?」
彼女は私に気づくと、真っ直ぐに目を見た。
嫌な予感がした。その表情は私の知っている美知子とは違っていたからだった。
「わかれましょう」
演技あって欲しいと願うような胸を強引に締め付ける言葉だった。
「なんだよ、急に」と戸惑う私に対しても「もう決めたの」と反応は素っ気なかった。
美知子の表情は暗かったが、それは別れる事に対する悲壮感というよりは、目の前の問題で頭がいっぱいでそれどころじゃないといった様子だった。
「そんな…… いきなり言われても納得できない。何があったんだ?」
美知子は言いづらそうに唇を巻き込めた。食い縛っているようにも見える。
「わかったわ」と決心したかのように呟く。その直後「人を殺したの」と悲痛の顔で私に伝えた。
「な、なに言ってんだよ。君が誰を殺すっていうんだ?
第一君は、人が傷つくのを一番嫌ってるだろ?」
激しく動揺しながらも、そんなわけないと自分に言い聞かせるように言葉を並べた。
「ううん、私じゃないの。お父さんが…… ね…… 」
美知子の言葉は沈んでいく船ように徐々に力をなくした。
「お父さん?……」
「うん…… だから……」美知子はそれ以上いわなかった。もしかすると、感情を抑える事に必死で言えなかったのかもしれない。
目だけが赤みがかり、目元は僅かに濡れていた。悔しそうでもあり、悲しそうでもあった。
その表情を変えてあげられるような、その言葉を優しく紡いであげる言葉は私にはでてこなかった。
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