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穏やかとも荒々しいともいえない波が空と対峙しながら、唸るように飛沫を飛ばしていた。
海に向かう道中、タクシーのなかで二人は無言だった。
移り変わる車窓を彼女は見つめ、笹田は料金メーターを気にしながら、これからどうなるのだろうと不安にかられていた。
高層ビルの多かった都心から30分たらずとは思えないほどの広大な海が視界を青く染めた。
自然の凄さのようなものを実感しながら思わず「おお」と声が漏れる。
深呼吸をすると、潮の香りが鼻に広がった。
「海かぁ、いつぶりだろうな。いい場所教えてもらったよ」と彼女の横顔を見て言った。
彼女は反応しなかった。遠い目をして海を見つめている。
波の音が彼女の心と会話しているようだった。
「お腹すいた……」
彼女はポロっと本心を漏らしたように呟くと笑顔を見せた。
ははっと笹田も笑う。
「やっぱり、子供だな。ホッとしたよ」
「なにそれ?どういう意味?」
「いや、なんでもない。この辺にご飯屋さんなんてあるのか?」
「あ、そう言えば海の家があった気がする」
「おいおい、まだ冬だぞ。やってるわけないだろ」
「いいから、行ってみようよ」
笹田は彼女に連れられて、海岸沿いを歩いた。程なくして、昔話にでてくるようなボロ小屋が目に入り苦笑いを浮かべる。
「あれか?」と笹田は指をさして問いかける。
「うん! 多分。もう何年も前だから自信はないけど」
「あれはだめだ。どうみても飲食をやれるような状態じゃない。他を探そうよ」
海の音に負ける程小さい声ではなかったはずだが、彼女には届いていなかった。
彼女の目はハッキリとそのボロ小屋を捉えてはなさなかった。
笹田は観念したように、ため息をもらす。
「仕方ないな、行ってみるか」
「うん」とようやく笹田の声が彼女に届く。
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