秘密

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夏蓮のメールに書かれていた住所に向ったがマンションらしきものはどこにもなく、それどころか街の喧騒から遠ざかっていた。 歩くことで血流が早くなり、酔いが回ったのだろうか、自分のふらついた足取りが地面を歩いているのかどうかも、赤本にはわからなかった。 それほどまでに赤本は意識を朦朧とさせていた。 「あれ?……おかしいな。そんなに飲んでないのに……」 ついには視界が横転し、景色が暗闇へと落とされる。 「赤本さん……起きて」 微かに聴こえた聞き覚えのある女性の声が、赤本の目を開けさせる。 「あれ? 夏蓮? ここは……」 「ごめんなさい。赤本さん」 月の明かりの届かない暗く湿気った場所だった。 赤本の揺らぐ瞳は暗闇で僅かに映る夏蓮の顔を二重に映し、はっきりしない意識の中で、鼻腔を刺激した磯の香りだけが、真実を語っていた。 その匂いでここはマンションではなく、どこか港の近くであり、夏蓮に騙されたと悟った。まだなにもわからないが、全ては偽りで、薬を盛られたということだけは確信していた。赤本は悔しさで僅かに痺れる拳を強く握った。 「何が、目的なんだ? 金か? 金ならないぞ。あぁ、そうか。俺が貢いでたからか。お前に使った分は昔に稼いだ残りカスだ。それでいいならまだあるから好きなだけ持っていけ」 「……」 「ママもグルなのか? あの店は強盗の溜まり場だったわけか。そんな店に通ってたなんて、情けなさ通り越して笑えてくる。私を殺すのか? 殺すなら私の死体はこの世から完全に消してくれ。そして、母に私は旅に出たとでも伝えてくれよ」 赤本は虚しさや悲しさを言葉にまぜて吐き出すように喋り続けた。 「あなたを殺す気なんてないわ。それに私は強盗じゃないもの」 「は? だったらこの状況を説明してみろよ。薬を盛ってどこか知らない場所に拉致した理由を」 夏蓮は深いため息をついたあと、赤本にとって最も大切な記憶の人の名前を告げた。 「多川美知子さんって、あなた知ってるわよね」 赤本はその名前が夏蓮の口から出たことにゾッとする。 「おい、彼女になんかしてみろ、地獄の果てまで追ってやるからな」 「あら、カッコいいのね。でも彼女は生かしておかないわ」 「貴様……」 怒りで感覚を忘れさせるように痺れる体を起こそうとするが。背中が少しだけ浮いて、力がつきる。 「くそっ、くそっ」 赤本は、仰向けの状態で涙を流し、拳を握って何度も地面を叩いた。 「ただし、協力してくれたら、あの女は生かしてあげる。でも、しなければ確実に死ぬわ」 「協力だって?」 「そうよ、多川政夫。この名前を聞けばなんとなくでも今の状況が見えるんじゃない?」 多川政夫。それは美知子を知る上でかかせない人物だった。 「それは……。美知子の父親……」 美知子の事を知る赤本にとっても、美知子に対し父親の話はしたことがなかった。したことがないというよりは、しないようにしていた。それは、美知子の父親は殺人で捕まったと知っていたからだった。 「じゃあ、君は……」 「そう、あの殺人鬼が殺した遺族よ」 まだ、暑かったはずの余夏が終わりを告げたように赤本の体を凍らせるほど冷たくさせた。 なにも知らない陽気な朝の日差しに瞼を叩かれ、ぼんやりと天井を滲ませる。 私は昨日の出来事が夢であってほしいという頼りない願望と共に目をさました。だが、起きてすぐに、そんな期待は消えた。僅かに手に残る、地面の生々しい感覚がそれを許さなかった。 どうやって、自分の家に帰ってきたのかは覚えていない。気がつけば私は、自分の部屋でいつものように眠っていた。 ポケットが振動していることに気付いたのは、起きてから30分ほど経過してからだった。まだいうことの聞かない体を強引に起こし、携帯を手に取る。液晶には知らない番号が表示されていたが誰なのかはなんとなく察しがついていた。 緊張を張り巡らせて電話にでると、前までは愛しささえ感じていたはずの憎い声が聴こえてきた。 「……はい」 「おはよー。体大丈夫?昨日は楽しかったわ」 「夏蓮か……」 「あなたの大好きな夏蓮ちゃんですよ」 神経を逆撫でる明るい声で夏蓮は答えた、私は思わず昨日の出来事が脳をよぎり、怒りで拳を握る。だが、ここで感情を出せば相手の思うツボだろう。私は平静を装って聞き返した。 「そうか、それで、なんのようだ?」 「あはは、なんのようって? それはわかってるでしょ?」 嫌みな笑顔が声で伝わった。 「ああ、わかってる。やるよ……… ただし、やり方は俺に任せてもらう」 「ええ、いいわ。そのかわり、もし、裏切ったりしたらあなたも殺すわよ」 「ああ、そうしてくれ」 「期待してるわ。あの女には元から幸せになる権利なんてないもの」 夏蓮が私に提示した条件は「美知子をこの世で一番不幸させること」だった。 そうしなければ、美知子はこの女に殺されてしまう。それだけはなんとしても阻止しなければならない。私は覚悟を決めて無言で電話を切った。
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