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時間と共に風化していた感情が、変わらない美知子の姿で苦笑いするほどに行き場をなくしていた。
私は8年前の最後に見た美知子の表情を無意識に重ねて「あの時以来だね」と不本意だった言葉を口にしていた。同時に美知子と別れた日の事を思い出した。
陰りの知らない月夜だった。
冬の乾いた空が薄情にも雲の色を薄くしていて、月の掠れたような光で夜を明るくしていた。
美知子と別れた直後の帰り道で、もうだめかもしれないと、悲しみを浮かべないように12月の空を見上げた。
寒空に涙を拭うような柔らな雪を期待しても、夜空は冷たく突き放す風だけを私に流していた。その寒さがよりいっそう悲しみを深くさせていった。
思い出しながら過去の記憶にいた幻影のような彼女の姿を、現在に融け合わせ、今目の前にいる彼女の姿をより遠くへ感じさせていた。
「伸吾さん?」
過去を思い出し、虚ろげだった私を美知子は不思議そうに呼び戻した。
「ん? ああ、ごめん。いきなり変なこと言ってしまって。久しぶりだね」
そう言うと美知子は微笑みながら考え深げにテーブルの中心辺りを見て答える。
「本当そうよね。こうやってまた伸吾さんの顔が見れるなんて思わなかった……。凄く嬉しいの」と言って「でもまだ少し緊張してるの」と恥ずかしそうに私に視線を移した。
「俺の方が緊張しているさ。やっぱり君は思った通り、昔あった姿のまま変わっていない。君を見てると俺だけ歳をとった気分だよ」
笑いを混ぜてそう言うと、美知子はなぜか少しムッとしたように答えた。
「そんなことないわよ。私だって歳をとったわ。伸吾さんと一緒よ」
「いや、俺が言ってるのは見た目の話しさ。君は今でも綺麗だが、俺はもうどうみたって若々しさは残ってない。それに昔を知ってる俺が言ってるんだ。君は昔のように今も若々しいよ」
「伸吾さんだって昔のままよ」
「そんなことないさ」
むきになって言い合いをしているかのようなやり取りに美知子はクスッとわらった。
「ありがとう。でも大丈夫よ、伸吾さんも変わってないわ。本当よ、その強情なとことか、まっすぐなとことかなにも変わってない。あのときのまま」
私はその言葉で照れるのを隠すように、この言い合いに終止符をうとうと「そ、そうかもな」といって私も笑った。
そんな幸せな時間を裂くように、私の携帯が震えた。
「あ、ごめん」といって、携帯を取り出して液晶をみると、夏蓮からだった。
彼女に悟られないように私は席を外してトイレに向かった。
恐る恐る電話にでると、夏蓮の口調は少し重さを増していた。
「ど、どうした?」
「ねぇ、私があなたにお願いした事覚えてる?」
「ああ、もちろんだ。だから今こうして彼女にあってる」
「そう、それならいいんだけど。あなたがあまりにも幸せそうだから、そうはみえなくて」
夏蓮の言葉に激しく同様する。
「なっ、見てるのか? 俺達のことを」
「さぁ、どうかしら。これだけは忘れないで。あなたが裏切ったら彼女は間違いないなく死ぬわよ」
「そ、そんなことはさせない」
「警察にでも言う? いいわよ、私はそれで。でも、邪魔するようならあなたも殺すわ。
あなたを選んだのはあの女にとってもあなたが忘れられない存在だったから。どうせなら最愛の人に裏切られて絶望する顔が見たいじゃない」
「なんでそんな事……。美知子は親父さんとは関係ないだろ?」
「あの事件のあと、私と家族がどんな生活を送ってきたのかを知らないからそんな事が言えるのよ。娘の私だって人生を壊されてるんだもの。あの女もそうなって当然だと思うけど」
憎しみを帯びた夏蓮の言葉は私の心を沈ませた。言葉の端から夏蓮の執念のようなものを感じ、私は恐れただ従うしかなかった。
「わ、わかった。だけど、俺にも考えがあるんだ。しばらくは黙ってみててほしい」
夏蓮は少し考えるように沈黙したあと、さらに声を重くさせた。
「そう。わかったわ。でもそんなには待てないから」そういって電話は切れた。
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