秘密

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葉の間から散乱した日光に目を細めた。 笹田悟志は公園のベンチに座り、陽光を浴びながら皺だらけのハンカチをポケットから取り出した。 無精髭を生やし、平日の昼間から公園で座っている私服の男に対し、子供をつれた親達は軽蔑を含んだ視線をちらちらと送っていた。 笹田は気づかないフリをして汗を拭った。 額に浮かんでいる汗は暑さのせいもあるが、この先の不安を考えてのことだった。 携帯が振動し、憂鬱さが増す。恐らく母親だからだ。笹田は仕方なくといった素振りで携帯を取り出した。 4年間働いていた会社を辞めたのは先月のことだ。いつもいく居酒屋のカウンターで隣に座っていた男は、笹田の顔を見るなり、呂律の回らない口調で罵った。 誰かの名前を叫んでいたから恐らく人違いだろうと笹田もわかっていた。それでも「お前の母親は」と男が言うと、笹田はつい理性を失い男を殴ってしまった。 様子を見ていた店員の証言と、相手も酔っていて、よく覚えていないということからすぐに釈放されたが、会社と母にはバレてしまい、職を失った。 それ以来、母は毎日電話をかけてくる。 「なんだよ母ちゃん」と言って電話にでる。 「悟志? あんた仕事は決まったの? お金は大丈夫なのかい?」 「今、探してるよ。それとまだ貯金があるから心配いらないよ」 「それならいいんだけど、あんたもいい歳なんだからしっかりしなよ」 「わかってるよ。だから今探してるんじゃないか。仕事が決まったらまた電話するから」 母の不安そうな相槌が携帯越しに聞こえる。眉間に人差し指と親指を当てながら、嘆きたいのは俺の方だと笹田は思っていた。 「人様に迷惑をかけたんだ。これも試練だと思ってがんばりな」 「だからわかってるよ。それより、今忙しいから切るよ」 そう言って笹田は半ば強引に電話を切った。 気の病んでいる母の電話を終わらせたかったのもあるが、視界に捕らえた不動産屋が一番の理由だった。 公園は大通りに面していて道路を挟んで反対側には小綺麗な飲食店が立ち並んでいた。 その並びに一際古い建物が笹田の目を引いた。端にひっそりと建っている不動産屋は良くも悪くも年期を感じさせた。 仕事を見つける事に気をとられ、部屋の事を考えていなかったと不動産屋を見つめながら気が滅入っていた。 道路を渡り、事務所の中に入ると、すぐに白いカウンターに行きついた。奥の椅子の数で従業員は4人ほどだとわかるが、この日は一人しかいなかった。 すみませんと声をかける間もなく、パソコンに釘付けになっていた男が自動ドアの音で笹田に気づいた。振り向くと同時に笹田の顔をみて、ひきつった笑顔を浮かべた。その気持ちは笹田にもよくわかった。 笹田自身も男の容姿に目を丸くしていた。 見たところ歳は同じくらいだろう。さらに笹田は立ち上がった男の全身をさらに見てゾッとした。 男は笹田になにもかもそっくりだった。というより髪型が違うだけで、同じ背丈に同じ顔、まるで双子のようだ。そっくりという表現すら相応しいのかわからないほど似ている。 たどたどしく、カウンターの椅子に案内された。「どうぞお座り下さい。本日は私が担当させていただきます。よろしくお願いします」といって男は笹田に名刺を手渡した。名刺には三田不動産 赤本伸吾と印字されている。 「あ、よろしくお願いします」 お互いが気まずそうに顔を見合って苦笑いをした。 「本日はお部屋をお探しでよろしいですか?」と赤本はぎこちない笑顔を浮かべる。 「そうなんですけど…」と答えてから、笹田はあまりの不自然な空気に耐えきれず、思っている事を口にする。 「あの……。僕達凄くにてますよね?」 赤本は笹田のその言葉に救われたように、言葉を吐き出した。 「そ、そうですよね。私から言うのも失礼かと思っていたので、言っていただいて助かりました」 「こんなことってあるんですね」といって笹田が笑うと、なにかの呪いが解けたかのように場の空気が和んでいった。 親近感すら沸いていた笹田は赤本に自分の状況を細かく話した。 赤本はそれを踏まえて笹田に物件を紹介するが、どれも納得できないといった仕草で首を横にふった。逆に笹田が提示したところは無職の笹田には到底借りれない物件ばかりだった。 赤本は「保証人の方がいらっしゃれば……」と言ったとこで笹田は「わかりました。もう大丈夫です」と言って立ち上がった。 笹田は確かに部屋を探していたが、部屋の広さを変えるつもりはなかった。体の不自由な母をいずれ家に呼ぶつもりだった。 赤本はそんな笹田に「お昼食べました?」ときいた。笹田は不思議そうな表情を浮かべ「いえ、まだ」と答える。 「これからご飯でもどうです?」 笹田は突然の誘いに動揺しながらも「はぁ」と返した。 赤本は「よかった」といったあと、机の上の書類をまとめて引き出しにしまった。 そんな赤川を見て、部屋の話し以外で話すことなどあるのだろうかと笹田は思っていた。
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