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「おはよう!」と僕は隣の席の春子に挨拶する。
「おはよう!」と春子は儀礼的に挨拶を返す。
僕は席に着き、学習材などをランドセルから机の中に移し終わった後、春子の興味をそそるべく、「あれ、ないぞ」と言ってみると、春子がこっちを向いた。そこで僕は言った。
「今朝さあ、登校する時、落し物しちゃった」
「今、気づいたんだあ」
「うん」
「じゃあ、探しに行かなきゃ」
「探しに行かなくても良いんだよ」
「えー、そんな落し物ってある?」
「それがあるんだよ」
「えー」
「当ててみなよ」
「えー、当ててみなったって分かんないって言うか、質問自体、意味わかんない」
「じゃあ、ヒントをあげるよ。うんとね、DNA鑑定できる物さ」
「えー、デーエムイー寒天?」
「全部言い間違えてるよ。デーエムイーじゃなくてDNAだし、寒天じゃなくて鑑定だよ」
「えー、そんなこと言われたら益々わかんない」
「しょうがない子だなあ。そんじゃあ、またヒントを言うよ」
「うん」
「えーとねえ、語尾に糞がつくんだ」
「糞?糞って言うと、まさか、あんた、わあ、分かった。下ネタ言う気なんでしょ」
「はぁ?そうじゃないよ」
「とか何とか言っちゃって、分かっちゃったわよ。うふふ、野糞でしょ?野糞だから探しに行かなくても良いって訳でしょ」
「違うよ。何言ってんだよ。僕は柴犬に似てると言っても似てるだけで犬じゃないんだから。いくら何でも野糞なんかしないよ。大体、野糞じゃ、語尾がくそじゃなくてぐそになっちゃうじゃないか」
「ハッハッハ!そうね」と春子は朝一番の大笑いをした。「じゃあ、あっ、分かった。鼻糞でしょ」
「じゃないよ。鼻糞はDNA鑑定できないからね」
「じゃあ、目糞?それとも耳糞?」
「そのどっちかだね」
「ふ~ん、でも、よく考えたら鼻糞も目糞も耳糞も落とす物じゃなくて捨てる物じゃないの。だから落し物じゃないわよ」
「いや、僕は取ってから落としたんだよ。だから落し物さ」
「屁理屈言わないでよ、もう」
「いや、屁理屈じゃないさ。実際、DNA鑑定用に取ったのを誤って落とした訳だから」
「じゃあ、探しに行かなきゃいけないじゃない」
「馬鹿言うなよ。小さすぎて探しようがないよ。だから探しに行かなくても良いんだ」
「全くもう、ああ言えば、こう言うだわ」
「へへ、まあ、それはそうと目糞か鼻糞か、じゃないわ、耳糞か、どっちだと思う?」
「もう、そんなのどっちでも良いわよ」
「確かに。ハッハッハ!」と僕は朝一番の大笑いをした。「しかし、何だなあ、君は女の子なんだから平気で糞糞糞なんて言うもんじゃないぜ」
「吉原君が言わせたんじゃない」
「確かに。ハッハッハ!」と僕は二度目の大笑いをした。「ところでさあ、落し物と言えば、落し物コーナーにとんでもないのが置いてあったぜ」
「えっ、とんでもない!どんな物?」
「君が身につけてない物」
「えっ、私が?」
「そうだよ。何だと思う?」
「う~ん、じゃあ、ヘアピンとか?」
「違うよ。ヘアピンじゃ、とんでもなくないだろ」
「あっ、そっか」
「髪に付けるもんじゃなくて体だよ」
「か、体?体の何処よ?」
「だから胸に身に付ける物だよ」
「えっ。それじゃあ、何、私がブラしてないって言いたいわけ?」
「うん」
「何がうんよ。私、ブラしてるのよ」
「えっ、き、君が?」
「な、何よ。その物言いは。何、意外がってんのよ。何、驚いてんのよ」
「いや、だって君、胸ないじゃん。だから必要ないじゃん」
「胸あるわよ。だから必要あるわよ」
「見栄張っちゃって、ないくせに」
「何言ってんのよ」
「ないくせに。ないくせに」
「何よ、見たことないくせに。見たことないくせに」
「ないくせに。ないくせに」
「見たことないくせに。見たことないくせに」
「ないくせに。ないくせに」
子供だから同じ会話を繰り返す。
「もう、見たことないくせに何言ってんのよ」と春子が歯止めをかけた。
「見なくても分かるさ。胸ぺったんこだもん」
「ぺったんこじゃないわよ」
「ぺったんこじゃん」
「ぺったんこじゃないわよ」
「ぺったんこじゃん」
「ぺったんこじゃないわよ」
「ぺったんこじゃん」
子供だからまた同じ会話を繰り返す。
「違うってば、ぺったんこじゃないってば」と春子が再び歯止めをかけた。
「ああそう。あくまでもそう言い張るわけ」
「だって、ぺったんこじゃないもん」
「そうかい。ひっひっひ」
「何よ、そんな笑い方して、いやらしいわね」
「だってさあ、僕、知ってるもん」
「な、何をよ」と春子は気を揉んだらしく心配顔で聞く。
「あの落し物コーナーに置いてある奴を付ければ、ぺったんこじゃなくなるってことがさ」
「えっ」
「ひっひっひ、胸パッドだよ」
「えっ!」と春子は驚いて思わず胸を両手で確かめた。「あっ!ない!ぺったんこ!」
「確かに。ハッハッハ!」と僕は三度目の大笑いをした。
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