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私の奥の方からいつも音がする。それは何かが壊れていく音なのか、何かが積み上げられていく音なのか、どちらかは分からない。そして私はいつも心を突き動かされるような人に出会えますようにと神様にお願いをしている。激しく私を揺さぶってくれるような誰かを下さい。そう何度手を合わせても私の神様はうんともすんとも言ってくれない。
隣で眠っているリコはブラジャーとショーツだけを身につけて眠っている。私はベットの隅に追いやられた自分のパジャマを拾い袖を通した。ベットの横の窓のカーテンを少しだけ開けて天気を確認する。結露した窓の水滴を指で拭い見上げると、冷たくまるで私を突き放しているかのような冬の空が顔を覗かせた。デジタル時計を見るともう昼の3時を表示していて、起きたばかりなのに一日の半分を無駄にしてしまったような気分になる。
立ち上がって洗面台に向かうと滲んだ真っ赤な口紅がだらしなくはみ出ていて、その顔がまるでこの前見た洋画に出てきた娼婦のように見えた。口をゆすいで煙草に火をつけた瞬間テーブルの上のスマホの着信音が鳴る。画面を確認するとキョウちゃんからの連絡で、今日の夜クラブに行こうという誘いだった。確かリコは今日は夜からバイトだから泊まりに来ない。私は「いいよ」と返事をした。
「だれ?」
いつから起きていたのかリコはベットに横たわったまま私のスマホを触る手をじっと凝視している。
「キョウちゃんから」
「なんて?」
「今日クラブ行こうって」
「行くの?」
「ダメなの?」
リコは何も言わない。私を否定するような言葉は言わない。だけど目で訴えてくるのだ。彼女は口は使わないけど目で私をいつも責めて求めてくる。女同士の恋愛がどんなものかは私も分からない。そもそも男ともちゃんと真面目に付き合った事もない。だからリコが突然私のことを好きだといってキスをしてきても私は特別驚いたりしなかったし、別に拒否しようとも思わなかった。
そのうちリコの中では私が彼女だという認識ができてきて、いつの間にか彼女は私を神様のように慕い、盲信している。
「キョウ君って女好きで有名じゃん」
「そうなんだ」
「リンちゃんももっと危機感持ってよ」
「なんで?」
「キョウ君、リンちゃん狙ってるよ。絶対」
もしキョウちゃんが私とセックスしたいとか望んでいるならそれはリコの欲求と変わらないじゃないか。なぜ同じ欲求を持つ人間を否定するのだろう。素直に認めてしまえばリコももう少し病まずに生きていけるだろうに。
「キョウちゃん彼女いるし大丈夫だよ」
「でも」
「私が大丈夫って言ってるじゃん」
リコは私の言葉にそれ以上何も追求はしてこなかった。いや、できないのだろう。私に何か言って拒否され、嫌われるのを彼女は異常なまで恐れている。私に冷たくされると死にたくなる。「リンちゃんは私の神様なの」が彼女の口癖だった。そして私はそう言われる度彼女を張り倒したい衝動に駆られたし、羨ましくもなった。
私も私だけの「神様」が欲しいと思った。
「リコは夜バイトなんでしょ?」
「うん」
「ガールズバーって稼げるの?」
「まぁ、そこそこ?」
リコと私はお互い今年二十一歳になった。まだ二十一、もう二十一。私たちは自分の年齢を楽観視したりとてつもなく焦ったりして生きている。リコはカールズバーで働いて、私は酒と煙草を扱うショップでアルバイトしていた。リコと出会ったのも私が働く「パルフェタムール」に彼女がボロボロの状態で煙草を買いに来たのが始まりだ。先の事はまだ考えたくない。考えたくないから私たちは働いて酒を飲んではひたすら遊んで、クタクタになるまで体を重ねて眠っている。
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