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■ 自宅のリビング 1
女 「これって…夕焼け?それとも…。」
男 「(同時に)夕焼け。」
女 「(同時に)朝焼け?」
二人 「…」
女 「なんで、夕焼け撮ったの?」
男 「なんでって。こういうの夕焼けでしょ、だいたい。」
女 「そうかな。」
男 「そうだよ。朝焼けなんてドラマがない。」
女 「なにそれ。」
男 「夕焼けは、なんか、あるじゃん、郷愁っていうかさ、そーゆーの。」
女 「それなら朝焼けの方がずっとドラマチックだよ。これから始まるんだよ。」
男 「上向きの話にドラマなんかないよ。下向きの話の方が…」
女 「ネガティブー。」
男 「勝者の話に物語なんかない。敗者の方が…てか…勝者にシンパシー感じないんだよ、俺。」
女 「夕日は敗者じゃないよ。」
男 「あ?」
女 「だって次の日また上ってくるんだもん。敗者も敗者のままじゃないでしょ。下向いたら、また上を向けばいいんだよ。」
男 「なんか、俺なぐさめられてるの?」
女 「ちがうよ。」
男 「(ため息)そーゆーのやめてくれないかな。」
女 「ちがうって。」
男 「ちがわないだろ。」
女 「…そうだね。」
男 「…」
女 「でも、きっとさ…」
男 「きっとどこかに、俺を分かってくれる人がいる?俺の写真を評価してくれる人がいる?」
女 「うん。」
男 「根拠は?」
女 「根拠って…私は、好きだから、貴方の写真。」
男 「(小声で吐き捨てるように)朝日か夕日かも分かんないくせに。」
女 「え?」
男 「何もわからないくせに、知ったようなこと言うなって言ってんの。そーゆーの、ほんと、いらないから。」
女 「そんな…。」
男 「…」
女 「…そうだね、私何も分からないのにね…ごめんね。…でも、私は本当に好きだよ、貴方の写真。」
男 「…」
女 「…仕事、行って来るね。」
男(M)「これは八つ当たりだ。分かってる。学生時代、僕の写真の評価は高かった。技術的なことが優れていたのだと思う。けれど、卒業してた途端、実践の場で、僕の写真が評価されることはなかった。世の中には凄い写真家が山ほどいて、文字通り井の中の蛙な僕など見向きもされない。そして毎年、専門学校やら大学やらから優れた才能というやつは止めどなく排出されて、その内、一握りが僕を追い抜いていく。その他大勢は、僕と同じように、一緒くたにされて同じところでグルグルと煮詰まって行く。そこから上がれるヤツはごく僅かで、多くは一抜け、二抜け…としていく。ある者は金になるが消費される道を選び、ある者はカメラを置く。上にも下にも横にも、どこにも抜け出せない、僕のような人間は、抜け出した奴らの悪口を言いながら、いつくるかわからないいつかを頼りに、同じ場所でグズグズに煮詰まっていく。」
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