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中編
次に、お母さんの目が覚めた時、お母さんの目の前には砂漠よりもさらに先の見えない青い水平線が続いていました。
お母さんは、初めて海を見ました。
海は、空と同じように青く澄んでいます。
空には、太陽が輝き、街を柔らかに包んでいました。
駱駝の背から、お母さんはそそと降りて、海沿いの街に入っていきました。
海沿いの街は、魚屋、屋台、土産物屋、花屋、パン屋・・・・・・。
さまざまなお店が立ち並び、その界隈を店番やお客、船乗り、子供やお年寄りと多くの人が行き交い、にぎわっています。
お母さんは、物珍しげに街中を見回って歩きました。
「あんた、どこの人だい?」
魚屋のおかみさんが、お母さんに声をかけました。
「私は、最果ての地から来ました。争い事が近くなって、命をかけて砂漠をわたりました」
お母さんは言いました。
「なんだって?最果ての地!!まぁ、よくあんな砂漠を越えれたもんだ。わたしゃ、最果ての地の人間に、初めて会ったよ」
おかみさんは感心したように、お母さんを眺め回しました。
「いえ、私は砂漠のどこかで倒れて、死んだのです。私の二人の子供がここへ来ていますから、神様が私の想いを聞いてくださり、ひと目だけでも会わせようと、ここへ連れて来てくださったに違いありません」
魚屋のおかみさんは、お母さんの話を聞くと、可哀想に思いました。
おかみさんは、自分が生きていると知っていましたし、目の前の女の人が大地にしっかりと足を着けているのも見ていました。
「そうかい。大変だったね」
おかみさんは、お母さんにほほえみました。
「私の子供たちを見ませんでしたか?」
お母さんは、聞きました。
おかみさんは、うーんとうなりました。
魚屋の店番を毎日していましたし、生まれたときからこの海町で暮らしてきましたから、何か少しの変わったことも知らないはずがなかったのです。
「・・・・・・そうさねぇ。そう言えば。つい先日船に乗って、遠い大陸に行った兄弟がいたねぇ」
おかみさんが言いました。
「そうですか。それは、幼い子供でしたか?」
「ああ、幼かったよ」
「手をつないでいましたか?」
「ああ、手をつないでいたよ」
「マントを、古びたマントを羽織っていましたか?」
「ああ、そう言えば、マントを羽織っていたよ」
おかみさんは、こくこくうなずき返しました。
「それは、私の子供たちです」
お母さんの両の目に、涙が浮かびました。
「私はあの子達を見守らねばなりません。後を追いかけます」
お母さんはそう言って、港へ向かって駆けて行きました。
港には、それはそれは見事な大型船がとまっていました。
明日の朝に出港するため、準備をしていました。
お母さんは、どんな手伝いもするから、船に乗せてほしいと船乗りに頼みました。
けれども、やせっぽちで弱々しいお母さんの姿を見ると、船乗りは鼻で笑いました。
そこへ、魚屋のおかみさんが駆けてきました。
おかみさんは、船乗りにさっき聞いたばかりの話を聞かせました。
「まぁ。俺が知らないところで、痩せっぽちのねずみが動き回る分には、どうというわけはないだろうよ」
船乗りは、甲板に戻り、その日は二度と船の外に出ては来ませんでした。
魚屋のおかみさんは、お母さんに自分の服と靴、食べ物や少しばかりのお金を渡してやりました。
お母さんは、何度もおかみさんにお礼を言って、船に乗り込みました。
次の朝、大型船は港町を出港しました。
大型船の中で、お母さんは休みなく、毎日働きました。
そうして、働いているうちに、自分が生きていると気づきました。
航海は、砂漠を渡るように、向こう側に着くまでに、長い時間がかかります。
長い、長い時間の中で、お母さんは働き、海を見つめて、船に揺られました。
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