後編

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後編

 ある日、最上階の甲板の床磨きをしておりますと、客室の扉が開いて、7つばかりでしょうか、シルクの外着姿の可愛らしい女の子が出てきました。 「ひとりで出ては、危ないですよ」  お母さんはそう言って、しゃがむと、駆ける女の子のお腹をかかえました。  女の子はきょとんとした目で、お母さんを見やりました。目に涙が浮かんでいました。 「どうしたの?」  お母さんが聞きますと、女の子は黙ったまま、何も言いませんでした。  お母さんも何も言えず、そばにいるしかありませんでした。  しばらくそうやっていますと、女の子は泣き止んで、また客室のドアへ向かって歩いて、扉を開けると中へ戻っていきました。  その日から、お母さんが甲板を磨いていますと、客室の扉が開いて、女の子がやってきては、お母さんの隣にいるようになりました。  相変わらず、女の子は悲しそうな目をしていましたが、何も話さないのでした。  お母さんは、豊かであるはずの女の子の悲しげな様子を見て、どんな世界にも悲しみがあるのだと知りました。  そして、この女の子から悲しみを取り除いてあげられないだろうかと思うようになりました。  そんなある日、お母さんが甲板を磨いていますと、客室の扉が開いて、女の子が飛び出してきました。  お母さんは、いつものように女の子の腹をかかえようとしゃがみこみました。しかし、女の子はお母さんの腕をするりと抜けて、甲板の先へかけていきました。  お母さんが振り返った時には、甲板に女の子の姿はありませんでした。  お母さんは、急いで甲板のへさきにかけました。  へさきにたどり着いたお母さんは、細くたよりない甲板へしがみつき、海を見下ろしました。しかし、そこには船首にあたって砕け散る白い波しぶきばかりがありました。  あの子を、あの子を助けてください。  あの子を助けてください。  お母さんは、祈り続けました。  すると、祈り続けるお母さんの周り一面に、まばゆい輝きが降りそそぎました。  お母さんは、そのまぶしさに思わず、船のへさきに立つ船灯を見上げました。  船灯の電球はちかちかと消えたり点いたりしています。  そして、船灯よりさらに高い方を見上げますと、そこにはひとつ輝きの塊がありました。  徐々に、その輝きの塊は、お母さんの頭上に近づいてきます。  お母さんがその輝きを見ていますと、その輝きの中に、あの女の子が浮かんでいるのが分かりました。  しかも、女の子の両脇には、幼い顔をした羽の生えた天使が二人、寄り添っていました。  女の子と天使は、お母さんの目の前まで降りてきました。  とうとう、お母さんは二人の天使から、女の子を受け取りました。  そこで、お礼を言おうと、お母さんが天使の顔を仰ぎますと、その顔は、自分の幼い子供たちの顔でした。  お母さんは大変おどろいて、ただただ天使たちを見つめました。  二人の天使は手をつなぎ、お母さんに笑いかけ、天に昇っていきました。  お母さんの腕の中で、女の子が目を覚ましました。 「私には、二人のかわいい天使がいてね。いつも、私を見守っていてくれました。けれど、この天使は二人とも、今日からあなたを見守るでしょう」  そう言って、お母さんは女の子に微笑みかけました。 「いいの?あなたの大切な天使でしょう?」  悲しそうに女の子が言いました。 「いいのよ。あなたのそばにいるなら、私のそばにいるのと同じなのよ」   お母さんがそう言いますと、女の子はその顔に、きらきらと微笑みを浮かべたのでした。 おわり
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