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前編
最果ての地に、お母さんと幼い二人の兄弟が暮らしていました。
あるとき、この地で大きな争い事が起きて、お父さんは戦いに出たきり、戻ってきませんでした。
争い事は、終る様子もなく、親子の住む最果ての地まで迫ってきました。
その争い事は、日に日に大きくなっていましたから、このまま争い事が広がれば、命はなくなるだろうと、最果ての地に住む人々は恐れて、散り散りに逃げ出しました。
お母さんも、兵士がやって来る前に、この地を出ていこうと心に決め、持てるだけの食べ物や荷物を背負い、二人の子供の手をひいて、家を出ました。
お母さんは(最果ての地の向こうに広がる砂漠を越えて、海に出て船に乗れば、新しい土地へ移り住めるだろう)と、子供たちに話して聞かせました。
子供たちは、お母さんの話を聞きながら、お母さんの後ろをただひたすらに歩きました。
しかし、砂漠はどこまでも限りがなく、歩いても歩いても砂ばかりが続きました。
人ひとり見えず、草ひとつ生えず、生き物さえも見えないのでした。
昼は照りつける日差しがじりじりと親子を焼き、夜は底冷えのする寒さが親子に忍び寄りました。
そして、昼も夜も問わず、砂嵐が起きては、親子に厳しく吹き付けました。
お母さんは、自分のマントで子供たちを包むと、昼の日差しから、夜の底冷えから、厳しい砂嵐からさえぎって、通りすぎるのをじっと待ちました。
そうやって、やり過ごしながら日々歩き続けました。
しかしながら、砂漠を歩き続けてどれ程たった時でしょう。とうとう持ってきた食料が底をつこうとしていました。
最果ての地から歩き続けたこれまでに、オアシスは一つとしてありませんでした。
お母さんは、大分前から覚悟を決めて、子供たちだけに食糧を食べさせました。
とうとう、お母さんはお腹が空っぽになり、力がなくなり、砂に埋もれ、動かなくなってしまいました。
「もぅ、行きなさい」
お母さんはそう言うと、自分のマントを二人の兄弟に渡してやりました。
幼い兄弟は首をふるふると横にふって、お母さんのそばから離れませんでした。
「いいから、行きなさい」
お母さんは、最後の力を出して叫びました。
二人の兄弟は、初めてお母さんに大きな声で叫ばれて、とても驚きました。
兄弟は、お母さんの目に、赤い炎のようなきらめきを見ました。
兄弟はお母さんを見つめていましたが、しばらくすると手をつないで、砂漠の向こうへ歩いて行きました。
お母さんは、幼い兄弟がこの先、生き延びますようにと、神様に祈りました。
お母さんは、ぼんやりする頭の中で、度々目を開けました。
辺りを見回すと、やっぱり砂漠が広がっていました。
体がゆらゆら揺れました。
お母さんが自分の体の下を見ますと、そこに短い茶色の毛に覆われた背中がありました。
それは、駱駝でした。
お母さんの体は駱駝の背の上にありました。
そして、お母さんの乗った駱駝の目の前にも、後ろにも駱駝がいて、列を作って歩いていました。
けれども、お母さん以外には、駱駝は背に誰も乗せてはいませんでした。
あー、これは天国に行く行列だな。
お母さんは、駱駝の背に自分だけが乗っていましたので、胸をなでおろし、眠りました。
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