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こうして改めて、俺たちの生活は始まった。 北川秋は何か吹っ切れたものがあったのか、俺のことを「岩崎くん」ではなくて「アラタ」と呼ぶようになった。 北川秋はどこへ行くにも俺を連れて行きたがって、「アラタ」「アラタ」と嬉しそうに呼びかける。 俺はそれをとても好ましく思っていて、名前を呼ばれるたびに心がじんわりとあたたかくなるのを感じていた。 そして俺は少しでも料理を覚えたいと、北川秋が料理をしている時は必ず隣に立って必死でメモをとった。 北川秋は教え方がとてもうまくて、聞けば何度でも教えてくれたし、俺が失敗してしまっても良いところを見つけてたくさん褒めてくれた。 書物机に齧り付く後ろ姿、ズレた眼鏡を直す仕草、包丁を使う時の一瞬真剣な眼差し、意外とダジャレなんかも言うところ、笑った時の目尻の皺、俺を呼ぶ、落ち着いた声。 挙げたらキリが無いくらい。 俺はどんどん北川秋に惹かれていった。
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