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第一話 新しい町
地図を広げれば、福島県のほぼ中央に在るのが猪苗代町。
この町を東西に横切るJR東日本の路線である磐越西線の川桁駅を出ると、車窓の右側に猪苗代湖と並ぶ町のシンボルである磐梯山が右手に見えて来る。
そんな雄大な自然に囲まれた所どころか、兄妹がこの町について知ってる事と言えば、千円札に描かれた野口英世の故郷だという事くらい。
「ねぇ…話と随分違うんだけど」
電車の窓枠に肘を付いて、見えて来た磐梯山を眺めながら、妹は不満を呟いた。
「あぁ、母さん…かなり盛ったよな」
ボックスシートの対面に座る兄も、まるで詐欺に会った様な気分を隠さない。
母親から前もって聞かされた、山と湖の間に在る町という言葉から、ヨーロッパの山岳リゾート地の様な風景を思い描いた2人、しかし車窓に広がる景色にそんな雰囲気は微塵も無いが、勿論母親はそんな夢物語は語って無いし、嘘も吐いてはおらず。
要は、兄妹の勝手な思い込みが砕けただけの事である。
でも何故か、2人とも磐梯山が見えた途端、まるで故郷へ帰って来た様な郷愁感が湧いたのか不思議な感情にとらわれた。
それは、昨日の内に荷物を積んだトラックを見送り、母と3人で過ごした思い出だけが残るガランとした部屋で最後の夜を過ごした。朝から部屋の鍵を返したりとバタバタした所為で2人は朝から何も口にして無かったので、郡山駅で立ち食いぞはの誘惑に負けて連絡の良かった快速を見送り各駅停車での移動を選択したのも一因なのかも知れない。
各駅停車の電車は、昨夜からの流れを思い出させ、良くも悪くも期待を膨らますには充分な時間を与えてくれた。
通勤通学の利用には早い時間帯のためか、観光地へ向かう電車にしては然程混んではないが、元々背が高く目立つ兄妹の出立ちはすれ違う乗客や隣合わせた乗客を驚かせた。
兄が背負ったアリスバックパックも目立つが、妹が背負ってるのは使い込まれた風合いのアメリカ海兵隊員用ILBEアーミーバックパックで、メインバッグとアサルトバッグの2個のタクティカルリュックのセット。その他ボトルホルダー、ラジオポーチ、GPSケース。MOLLEにはドイツ軍払下げのDリングを4個取り付けたフル装備で80Lは有り、これ自体が妹にとっては宝物。
それを、栗色に近い長い髪を編み上げベレー帽を被る都会的な雰囲気でコケティシュな感じな女の子が、白い無地のTシャツでACUデジタル迷彩のパンツにハイカットのミリタリーブーツというファッションで背負ってれば、映画かテレビの撮影でもしてるのかと周りが驚くのも仕方無いのかも知れない。
猪苗代駅が近づき電車が減速すると、其々のバックパックを背負い戸口へ向かう。
「ううっ、おもっ…」
「…だから、詰め込み過ぎだ」
「仕方ないじゃない、これでパックなんだからさ」
「体力の無駄遣いだな」
パンパンに荷物を詰め込んだバックパックは女の子の体重よりも重いのか、電車のブレーキングによろけ慌てて手摺りを掴み、心配そうに見遣る兄に気付くと照れた様に苦笑いしながら、大丈夫だと頷いた。
電車が停車したら、ワンマン電車ではドアの開閉ボタンが緑に点くと聞いていたのに、それが点か無いので左右を伺うと間を置いて自動でドアが開いたので、2人はまた苦笑いで猪苗代駅のホームに降り立った。
後から知った事だけど、駅員が常駐する猪苗代駅は自動で開くけど、無人駅では先頭車両の1番前の出口のみが手動で開くとの事で、飛行機に乗る時はスリッパに履き替えろ、的な母親の悪戯だったのかと納得した。
改札を通り駅舎の玄関を出ると、駅前広場の向こうに建つ建物の奥に、車窓から見えた磐梯山が見え、高原特有の爽やかな風が2人を歓迎するかの様に頬を撫でた。
「観光地の駅なのに、なんだか閑散としてるんだね」
「うん、ここだけ見ると、観光地とは思えない感じ、…だよな」
兄は、駅前の風景を見ながら応えた。
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