第七話 911

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第七話 911

ランチパーティーから数日、日向から学校の帰りに寄らないかと連絡が来たので、いつもは県道115号塩川線を使うのだが、国道49号線をそのまま郡山方面へ進む。 若松市内から強清水まで続く坂も、110CCなのでストレス無く登って行ける。 「やっぱこれ、原付じゃキツいよな」 通学を初めてから毎日通る道だけど、まさに行きは良い良い帰りはこわい。だと思った。 更に今日は、塩川線の方へは曲がらず真っ直ぐに来てるので、余計に坂が長く感じた。 強清水を過ぎ猪苗代町へ入ると、猪苗代湖畔を廻りながら白鳥で有名な長浜、ヨットハーバーと過ぎてカフェに着く。 カブをオープンデッキの支柱にチェーンロックで止め、ヘルメットを被ったままデッキへ上がり、手袋をライダージャケットのポケットに突っ込むと、匡一に気付いてまとわりつくケルンをワシャワシャと撫でてから店の中へ。 「よっ、いらっしゃい。随分正統派なヘルメット被ってるんだね。 てっきりジャムテックのUSAFダックテール辺りを被ってるのかと思ってたんだけど」 「それは日向の趣味でしょ」 洗い物をしながら、悠里が苦笑いした。 指摘されるまでその選択肢を考えなかった自分に、匡一は少し後悔した。 確かに、カフェレーサーには今のヘルメットよりUSAFダックテールの方が合うかもと。 「匡一君、どうした?」 「あっ、いえ。 今言われるまで、ダックテールって選択肢を失念してました」 「あははは、後悔する時はそんなもんだ。 でも冬はフェイスシールドが欲しくなる。ゴーグルじゃ耐えられん。帯に短し襷に流しってな」 「その前に、この雪国で冬にバイクに乗るなんて無理でしょ」 「郵便局員は乗ってるんじゃ無いの?」 「おぉ、って乗ってる?今度来たら聞いてみよ」 なんだ、この夫婦漫才は。 「こら、馬鹿夫婦。高校生呼びつけて、何馬鹿晒してんの。 匡一君いらっしゃい。テーブルに座ってて、今お茶出すから」 マリアに助けられ、置いてけぼりから救われた匡一は、肯くとテーブルへ行って座った。 コーヒーを持って来て、日向も座り。 「因みに匡一君は、真奈美さんとこの911はもう見たの?」 「911、ですか? ガレージでシートを被ってる車は、未だちゃんとは」 「そっか、なら僕からあの車に付いてあれこれ話すのは、未だやめておこう。 先ずは、自分の目で見て触れてみればいい。 出来れば911が好きになってくれたら、尚嬉しいけどね」 「そんな、特別な車なんですか?」 「いや、確かに高額では有るけど、普通の… いや、スポーツカーを普通って言っちゃいけないか。いい車だよ。 特に運転する人にとっては、楽しいね」 「運転する人にとっては?」 「そっ、運転手以外には評判が悪いんだな。 乗りづらい降りづらい、狭いだ煩いだ、リアシートに至っては拷問だって怒られる」 「随分な言われようですね」 「スポーツカーなんてそんなもんでしょ。 何かを得る為に何かを犠牲にする、911はグランドツアラーじゃ無い。 だから、楽しいし乗りたいと思う」 免許を持たない匡一には、日向の話はよく分からないし、未だピンと来ない。 ただ、これだけは理解できる。日向は911と言う不治の病に侵されいて、治る事は無いだろうと。 発売以来頑なにリアエンジンという古い設計思想を貫くポルシェの代名詞となる車に魅入られた者の宿命。 ランボルギーニやフェラーリの様に、資産としての価値は期待出来ないだとか、1度は乗ってみたいと買ってもメインとして乗る人は少なく、普段は別の車に乗ってたり使い勝手の面から直ぐに手放す人も多いと聞く。 逆に、だから金持ちじゃ無いのに病気を患ってしまった人でも、程度の良い911を手に入れて長く乗ることが出来るんだとか。 その話が正しいのか、911乗りの言い訳なのかは分からないけど、日向と話してると不治の病かどうかは別にして、本当に911が好きなんだという気持ちが伝わって来る。
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