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明らかに俺へ向けた声に、全身が針で刺されたように震えた。いつの間にか傍らで軽トラックが並走していた。昨日の男が窓から顔を出して話しかけてきていた。
……人間だ。俺は息切れしながらもようやく立ち止まることができた。
「昨日の兄ちゃんじゃないか。泣きながら走るだなんて何かあったのか?」
*
「あらあらまぁまぁ。昨日の観光客さんじゃないの」
無理やり軽トラックに乗せられて、俺は男の家まで連れてこられた。
背の低い生け垣に囲まれた、庭のやたら広い長屋だ。庭には屋根つきの駐車スペースと洗濯の干し竿と、手入れされた低木が並んでいる。
縁側で女が果実を拭いては笊の上に干していた。
「泣きながら走っていたから連れてきた。茶でも出してやれ」
「はいはーい」
「座れ」
女は立ちあがると軽やかに室内へ入ってく。
俺は促されるままに縁側に腰かけた。涙の跡はすっかり乾いていたが、気力は戻ってこない。男の強引さになすがままにされていた。
「はい、どうぞ」
女が盆に載せてぬるめの煎茶を出してくれたので一気に飲み干す。染み渡るとはまさにこのことか。ようやく生きている心地がした。
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