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すると女が俺に顔を近づけてきて、臭いを嗅ぐような仕草を見せた。穏やかな表情だったのが一変して眉間に皺が寄る。思わず俺は仰け反った。
「お兄さん、今日、この町で用事がありますか?」
突然尋ねられて反射的に首を横に振る。
「ちょっとお清めが必要かもしれません。主人に車を出してもらうので、お連れしたい場所があります」
お清めだと?
一瞬何を言われたか理解できなかった上に、理解すると再び背筋が粟立った。物々しい提案だ。普段なら馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるところだが、今の俺にとって、お清め、という言葉は是非とも縋ってみたいものだった。
「どうした」
男が女の様子に気づいて問いかける。
「お兄さんを神社へお連れしたいんだけど、いいかしら?」
*
助手席に乗るのは断った。その代わりに助手席には女が座っている。
軽トラックの荷台は衝撃を直に伝えてくる。整備されていない山道を乱暴に運転している所為で、常に体が左右上下に揺られている。三半規管が弱ければ吐いてしまうだろう。
「お前さん、名は何というんだ」
「……清瀬」
「下の名は」
「正義」
「漢字はどう書く」
「せいぎ」
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