52Hzのジオラマ

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「この町に人魚が打ち上げられたのは、江戸時代と呼ばれていた遠い昔のこと。とても美しい人魚だったわ。金と銀を混ぜたような色の緩やかな長い髪、海のように澄んだ蒼い瞳、透きとおるような白い肌を持ち、下半身の魚の部分は、虹色に輝いていた。誰もが彼女に魅了された。いちばん彼女を愛したのは、当時の地主。ありったけの方法で求婚をして、彼女もやがてそれを受け入れた。悲劇はその後。ふたりの間には、子どもができなかった。そして、元々地主の婚約者だった女の一族の策略によって人魚はばらばらに切り裂かれた……」  伝承をなぞるのではなく、思い返すように、まるで自らがそれを見てきたかのような話し方だった。  御蔵妻が自らの掌を上に向けて、じっと見つめる。 「人魚の肉には不老不死の力がある。その力を得ようと、人々はその肉を分け合って食べた。それまで人魚と友人関係にあったのに、掌を返すように、こぞって食べた……。そして、不老不死とはいかないまでも、ゆるやかに老いることができるようになったの。これでも、わたしも何百年も生きているのよ」  最後の告白には、息を呑むしかなかった。
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