52Hzのジオラマ

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「なぁ、四人目の犠牲者にどうだ? 町の人間に話を聞いた。何百年も前にこの町に打ち上げられた人魚は、地主と結婚したのに無残にも殺されて、喰らわれたと。ミイラのようになって祀られている姿を見た。お前は、人間に不当な扱いをされた人魚のことを嘆いているんだろう。そして人間に復讐することを決めた」  俺は鱗を取り出して翳してみせた。先ほどと違って光ってはいないので、もしかしたら半魚人には見えないかもしれない。 「これがその人魚の鱗だ。どうだ、悔しいか」  反応はなかった。しばらくすると半魚人はそのまま沈んでいった。黒い海の表面に無数の白い泡が残像のように浮かんで、やがて弾けて消えていくのを、体育座りでずっと眺めていた。  眠れないまま、夜が明けた。  スマートフォンの充電はいつの間にか切れていた。日課はすっかり忘れていたし、どうせ連絡をしてくるのは出版社くらいだ。困ることはない。  不意に、右肩に雫が落ちてきた。生臭い臭いが鼻をつく。顔をあげるといつの間にか半魚人が俺の右側に立っていた。  不思議と恐怖心は薄れていた。 「俺を喰ってくれるのか」  投げやりに問いかける。
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