52Hzのジオラマ

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 軽トラックでも悪路だと感じたが、歩くとそれ以上だった。山肌に沿って造られた道路は見事なまでに迂曲している。整備されていない地面はところどころ隆起していて真っ直ぐ歩くことは難しい。  港に一晩いた所為で肌寒く感じていたのに、汗が滲んできた。その度に袖で拭う。やがて息も切れはじめた。  山肌に背中をもたれかけて、空を仰いだ。  曇天の町は名に恥じぬくらいに曇っている。  この前向きな投げやりさは、どこから湧いてくるのだろうか。考えてみたけれど、若女将に襲われたことが引き金となっているのは確かだった。  あの瞬間から説明のできない不快感が全身を血液のように巡りつづけている。  生物の根本は、遺伝子を残すことだ。  だが俺は自分の遺伝子を残したいだなんて思ったことがないし、そんな行為で勝手に生を受けてしまった己のことを憎んでいる。記憶にない両親のことを恨んでいる。  だから俺には、やはり生きている価値などないのだ。  生きていることが気持ち悪くてしかたないのだ。  3時間ほどかけて、なんとか神社の入り口まで辿り着いた。
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