52Hzのジオラマ

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 再び山道を下って港へ着く頃には夕方になっているだろう。死ぬ時間としては最適だ。自然と笑みが零れ落ちた。  ところが、歩き出してすぐに腹の虫が鳴った。  普段運動しないくせにたくさん歩いたから当然だ。しかも昨日たらふく食べたのに今日は水すら口にしていない。  胃の辺りを軽く叩きながら、ごまかすように俺は歩いた。しかし空腹に気づいてしまった所為で喉も渇いてくる。何度も唾を飲んで渇きをごまかす。一方で、汗によって水分は流出していくばかり。  これくらいでは死にはしないだろうが、餓死という選択肢もあったか。もしくは熱中症。脱水症状。山道からの転落死。  思考回路が死へと向かう。  もういい。  もういいんだ。……。 * 「おはよう」  次に視界が明るくなったとき、俺は、古くさい臭いのするやわらかな布団のなかに寝かされていた。  傍らで半纏を着た御蔵妻が新聞広告を丁寧に箱の形に折っていた。作業を止めると、立ちあがって冷蔵庫から飲み物を持ってくる。 「顔色、少しは戻ってきたわね。はい、これ飲んで」
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