52Hzのジオラマ

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 硝子のコップを押しつけられる。ゆっくりと起き上がって液体を口にするとスポーツドリンクを薄めたような変な味がした。  再び御蔵妻は台所に向かい、背中で尋ねてきた。 「お粥くらいなら食べられるかしら?」  室内を見回すと昨日昼飯を食わされた御蔵家の居間のようだった。壁には新聞社からもらったであろうカレンダーが貼られている。古びた掛け時計の振り子が規則的に揺れている。柱には、誰かの成長を刻んだ跡が残っていた。テレビではなくラジオがついていて、よく知らない曲が静かに流れている。 「主人は漁船を定期点検に出して、寄り合いに顔を出してから帰ってくると思うから、それまでゆっくり休んでいるといいわ。家にいると、ずっと喋っているから」  助けられてしまったということか。やはりあれくらいでは死ねなかったかと、小さく溜息を吐き出す。 「はい。ちょっとずつ食べてね。」  一人前の土鍋には湯気の立つ粥が入っていた。中央には大きな梅干しが乗っている。やわらかな粥を口にすると、まるで全身に染み渡るようだった。
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