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「わたしはもう緩やかに終わりたい。最期は、今の主人と迎えたいの」
俺は音の出し方をゆっくりと確認しながら、声を出す。
「……さい、ご」
御蔵妻は微笑みを浮かべた。
「永遠に生きたいと願っていたのは、江戸と呼ばれていた頃の話だったかしら。だけど、あまりにも永く生きすぎたわ。たくさんの人間を愛して、別れを経た。もうすぐ数百年ぶりの奇祭が行われる。それを主人と観ることができたら、わたしはもう充分」
「奇祭……」
「正しくは気象現象なんだけどね。唯一、この町が晴れる日なの。……曇り空は藍色に澄みわたり、それを映した海は宇宙のように深く輝く。無数の星が流れて、海へと還っていく」
そういえば若女将も言っていたような気がする。
この町が晴れるだなんて想像もつかないし、海が宇宙のようになるなんてありえないだろう。
しかし御蔵妻の回想をかんたんには否定できなかった。
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