52Hzのジオラマ

4/69
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
 無人改札には破れたままの幟が立っていた。『人魚の町へようこそ』という文字がなんとか読める。それだけで寂れ具合がなんとなく想像できた。  駅から出て、整備されていない道を下っていく。道というより岩場だ。雨が降っていたら容易に滑ってしまうだろう。安物のスニーカーでしっかりと一歩ずつ歩く。  まずは、泊まる予定の民宿に向かわなければならない。 * 「ようこそお越しくださいました。さ、さ、どうぞお上がりになって。都会からお客さまが来られるなんていつぶりでしょうね」  翡翠色の地に一点大きな紅色の艶やかな花が咲く着物を着た、小ぎれいな若女将が出迎えてくれた。  俺は無言で会釈して、スニーカーを下駄箱に収め、用意されていた茶色いスリッパに履き替える。そして若女将の後に続く。  艶々に磨かれた廊下にスリッパの安い音が響く。 「どうぞ、こちらでございます。ポットにお湯が沸いておりますので、宜しければ茶菓子と共にお茶も自由にお召し上がりくださいね」  また頭を下げると、若女将は笑顔のまま去って行った。  肩掛け鞄を畳の上に下ろす。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!