52Hzのジオラマ

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 反射的に男の手を払う。他人には触れられるだけで吐き気がする。  きつく睨みつけたのが予想外だったようで、男の表情に惑いが滲んだ。 「な、なんだ。お前さんが犠牲者にならないように、こっちは気を遣って忠告してやっているのに。そんな態度はないだろう」  たじろぐ男の後ろからさらに声が響いた。 「お父さん、なになに。どうしたの?」  町には似つかわしくない明るい声だった。  紺色の半纏を着た、男よりもかなり若い女だった。烏の濡羽色をした長い髪の毛を後ろでひとつに束ねている。民宿の若女将と違って化粧っ気はないが瞳がやけに大きい。瞬きをする度に睫毛が大きく上下する。  男と俺の間に流れる空気に何かを感じ取ったようで、俺に向かって微笑みかける。 「ごめんなさいね。うちの主人が、嫌な思いをさせましたかね」 「違うぞ。こいつが変な写真を撮ろうとしてるから心配して」 「見てないのにそんなこと言っちゃだめよ。気遣えるのはいいことだけど、お節介になりすぎないようにね。さぁ、帰りましょう」  男は反論したそうにも見えたが、唾を飲みこむとしぶしぶと踵を返した。
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