52Hzのジオラマ

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 小さく頭を下げて、女は付き添うように去って行った。  ちぐはぐな夫婦だ。  しかし、闖入者たちにすっかりと気を削がれてしまった。三つ目の現場へ行くのは明日の日の出に合わせよう。 *  民宿で用意された夕食はやたらと豪華だった。  数種類の刺身、脂の乗った焼き魚。山菜らしき和え物と根菜の煮物。固形燃料の炎一合ぶんの釜飯が炊かれている。  ビールを勧められたが美味さを理解できないので断った。  若女将は宿泊客がよほど嬉しいらしく、こちらの返答はおかまいなしに饒舌をふるってくる。 「少し町を散策されたみたいですが、いかがでしたか? 寂れていてびっくりされましたでしょう。おまけに雲は分厚いくて太陽がちっとも見えなくて。この町はなかなか晴れることがないので、かつては曇天町と揶揄されることもありました。晴れるのは、数百年に一度行われる奇祭の夜くらいです」  俺が眉を顰めると、若女将は口元に手を当てて驚いた仕草をしながら微笑んだ。 「あら。その取材に来られたのではないのですか? この町が、かつて、人魚伝説で一躍有名になったのはご存知でしょう」  知識としてはあるので頷く。
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