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「は?」
「いや、だから──」と隼か言いかけた瞬間。
右手は思いっきりフルスイングで、彼の頬を叩いていた。
気持ちのいいビンタの音が、場の空気にそぐわないほど部屋中に響いた。
一年前から、私たち夫婦は週末婚をしていた。
結婚後すぐ、隼の転勤が決まってしまったのだ。そしておなじタイミングで買ったマンションに、私は、止むを得ず残って暮らしている。
もちろん一緒に転居するべきなのだろうが、三年ぐらいでこっちに戻ってこれるはずだという、彼の話を信じて、三年間の我慢と思い、お互いの住居を行ったり来たりしていた。
隼は、椅子から崩れ落ち、頬を押さえてうなだれている。
「いつから?」
私は見下しながら言った。
とにかく全部聞こう。全部聞いて、そのあと判断しよう。
話はその後だ。
「ねえ。いつからなのよ」
「……」
こっちを見ようとしない。
黙秘権を行使しようとしても無駄なんだ。私には切り札がある。
「言わないなら。判押さないから」
ぴくんと肩が動いた。
「さ、三か月前」
瞬時に私は、彼の不審な行動を思い出そうと、過去の記憶を呼び起こす。
「だれなの?」
相変わらずこちらを見ようとしない。
「だれなのよ!その女!」
「……ミヤ……」
「え、なに?聞こえない!」
「ミヤビ」
一瞬嫌な予感がした。
「ミヤビ?誰よ。その女!」
さっき引いていった血の気が逆流して、頭にくる。
そんな名前。
そんな名前の女。
もう嫌な予感しかしなかった。
ざわざわと心臓の辺りがざわめきだした。
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